これが実人生と映画の凶作期の合致した瞬間だ!

 一観客として「ソルト」へ。“美しさ”に基準があると思われていること自体が幻想なのだが、その幻想を無視して言えば、アンジェリーナ・ジョリーは美人ではない。その個性的な造形ゆえに魅力的なのだということが堪能できつつも、結局彼女にはアクションしかないということがいい意味で良く分かる作品である。だが単純に彼女の新作というより、フィリップ・ノイスの新作として、しかも「ボーン・コレクター」以来の再タッグとして重要である。こうした外枠だけでなく、作品的にも非常にハッタリの効いた痛快作であった。何しろ公開されてた予告には、作品前半の見せ場しかほぼ入っておらず、物語が後半大きく変形し始めるのだ。つまり、主役が疑いを晴らす話ではなく、そうした次元を超越したスパイ映画になるのだ。もっと平たく言えば「影なき狙撃者クライシス・オブ・アメリカ)」などに代表される、やはりスリーパーものでしかないのだが、“ジェイソン・ボーン三部作”を通過した映画ファンに向けた、カート・ウィマーのシナリオは極めて挑戦的で、スリーパー同士の戦いを、水面下も暴力性も含めて徹底的に見せてくれる。そしてそのためのスパイたちの方便もなかなか合点の行くものであり、要は冷戦的状況が続けば国家の思惑などどうでも良いのだと断言している点が素晴らしく、その屁理屈をブッシュ的な無能大統領の存在が補強する。また彼らの幻想に過ぎなくても、ロシアという“未来のある男権国家”としての希望のある暴力性には、下働きのマフィアに「イースタン・プロミス」仕込みの刺青を課しているのと相乗効果で陶酔させられた。純粋にアンジーのアクション的な観点でも「ブラック・ダイヤモンド」のジェットばりに高低差を移動する、エレベータシャフト内の降下に始まり、非力な者が最大の効力を発揮するための実践的絞殺術を披露するリアリズムなど、緩急の中にノイス節が散見されて満足が行く。こりゃ放り出さないで続編を作るべし!


 一観客として「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」へ。エミール・クストリッツァは映画監督だが、知性とふてぶてしさが同居したその独特の面構えを買われ、「サン・ピエールの生命(未亡人)」等の別監督の作品にも俳優として起用されている。本作ではクストリッツァが文官タイプのKGB職員、コードネーム“フェアウェル”を演じているわけだが、この作品の奇妙な味わいも彼に負っているところが大きく、大胆そうなだけで小市民的なせせこましさを持った素人スパイを飄々と演じている。そのため、本来ならフランス企業からの単なるモスクワ駐在員からスパイに仕立て上げられるギョーム・カネとの交流がサスペンスとして機能しそうだが、ぎこちない友情物語に昇華しているのだ。二人は当時のミッテラン政権が左派だったことで、アメリカからの信頼回復に、ソ連ゴルバチョフも登場)の情報提供者として利用されるのだが、圧力を掛けるロナルド・レーガンフレッド・ウォードが扮しているため、銃弾を避けたり、入れ歯を外したりしそうな似てなさ具合が笑える。CIA局員のウィレム・デフォーや、ダイアン・クルーガー(カネの元妻)の友情出演など、脇に力が入っているが、とりわけ双方のスパイ周辺の女優陣が印象的(カネの妻役は「バーダー・マインホフ」のアレクサンドラ・マリア・ララだ)。彼らが出し抜いたはずの全てに逆に裏切られていた皮肉を体現しているのだが、彼らが気付かずのめり込む不可抗力も双方の家庭描写の丁寧さと相俟って、純化されたスパイ同士の皮肉な友情も浮かび上がる。現にカネは友人の国・ソ連に次第に魅せられてさえいくのだが、それでも一応冷戦時代の実話とのことで、この友情にハッピーエンドはあり得ないのだった。ソルト ブルーレイ&DVD セット [Blu-ray]ボーン・コレクター [DVD]影なき狙撃者 [DVD]クライシス・オブ・アメリカ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]ボーン・アイデンティティー [DVD]ボーン・スプレマシー 【プレミアム・ベスト・コレクション】 [DVD]ボーン・アルティメイタム [DVD]イースタン・プロミス [DVD]ブラック・ダイヤモンド 特別編 [DVD]ブラインド・フュ-リ- [DVD]コードネームはファルコン [DVD]サン・ピエールの未亡人 [DVD]レモ/第1の挑戦 [DVD]Miami Blues [VHS] [Import]バーダー・マインホフ 理想の果てに [DVD]