純愛の(心の)死にやすさが考察された作品群。

 一観客として「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」へ。一般映画に進出してからの石井隆の私的ベストといえば、“暴力性”、“メロドラマ”、“ケレン味”のバランスにおいて俺は「名美」不在でも「黒の天使 Vol.2」と考えている。今回、竹中直人との再コラボというよりは、脱グラドルの佐藤寛子を売り出すために設けられた場としての意味合いが強く見え、故に今回も「名美」の不在を許容したのだろうが、それでも薄幸なヒロインは裸にボリュームがない方が陰湿なエロスが醸される上、佐藤は地声の高さも加わり、負っている因果が相殺されていたのだ。つまり同様の「名美」不在作品でありながらワーストと位置づけている、「黒の天使 Vol.1」、およびその延長線にある「フリーズ・ミー」が混濁したようなものが出てしまったのである。また、今回は未だ手垢のついていない闇を追求しようとするあまり、長めの上映時間の多くが観念的シーンに割かれており、設定の異常性に対しての申し開きにも見えてしまった。こうした時間は「野獣死すべし」以上になってはならない、というのは俺の持論だが、あれは試行錯誤の結果、観客に通用するギリギリのラインとして一つのマスターピースを提示している。従って富士の樹海にある死体の捨て場“ドゥオーモ”は、見様によっては「天使のはらわた・名美」の死体置場に共通するイメージを持ってはいても、前々作における主観視点での魂の彷徨を(これは「エンター・ザ・ボイド」の元ネタの一つとして重要だが)、間延びさせて敷衍し、結果的に「黒の天使 Vol.1」において問題となる禁断症状場面を繰り返しているような冗長さが出てしまっている。単に“「ヌードの夜」の続編”としての完成度も、前作の椎名桔平に匹敵する、不快感と愛おしさがない交ぜになる強烈なキャラの不足は辛い。監督もそうした男優の不足は今後の課題として痛感されているだろう(伊藤洋三郎、山口祥行津田寛治といった“石井組”常連は遠景に後退)。だが、“真中瞳”改め東風万智子の演じた女刑事は、「花と蛇」のボディーガード(未向)くらいの動きが期待できただけに、設定次第では今後同一キャラでスピンオフしてもいい存在感であり、最大の収穫である。いずれにしても「出し切ってしまった感」のある佐藤と比べると、「まだ何か隠し持っている感」のある彼女の今後に期待したくなるはずだ。 


 一観客として「シングルマン」へ。ここまで直球のゲイ映画だとは思わなかったが、映像全般の潔癖さや几帳面な画面構成が気持ちいいので、デザイナーとしてのトム・フォードには全く興味はないが、新人監督の登場として収穫。特に“オジマンディアス”ことマシュー・グッドが見せるブルネットだと際立つ端正さ(故に「ウォッチメン」はミスキャストだった)や、コリン・ファースが犬の頭の匂いを陶酔的に嗅いでは撫でる場面が印象に残った。また、自分にない器官を持つ別種の生物(=少女)に向けた、変質者のそれとは違う粘着質な視線や、女友達(ジュリアン・ムーア)との距離の置き方など、監督のゲイという属性を全面に出した生理感覚が強調されている。そもそも物語自体が設定こそ60年代ではあるが、エンドロール末尾にクレジットされている監督のパートナー(と、彼を喪失する恐れ)に向けたものである。当のパートナーは、年齢差のため健康不安を抱えてはいるが、一応存命なので本作を捧げられても喜ぶのか怪しいが、あるいは“武士道”における殉死のエロスから感動してくれるかも知れない。こうした含みは抜きにしても、私的なテーマを美意識に基づいてストレートに映像化したら、誰もが身に覚えのある普遍性を持つ不安を描く物語に昇華したのだった。もちろん、ゲイ発覚の恐れから来る、日常での“紳士性”に対する過剰なこだわりという、時代性由来の描写も、物語のリアリティに一役買っている。自らの心は、欠損を欠損と意識させないために、現実を都合良く改変することで人間は生きていける(ように見える)が、こうした欺瞞を嫌う心や、真に致命的な欠損がもたらされた場合、欠損は欠損でしかない。そうした場合、常に愛の欠損は埋められる可能性に満ちているのは間違いないが、それはあくまで可能性であって、埋めることは叶わないということだ。しかし、人によっては「主人公が逡巡する間に見た幻想なのではないか?」と勝手に解釈しそうな話ではある。ヌードの夜 ニューマスター・デラックス版 [DVD]黒の天使 Vol.2 デラックス版 [DVD]黒の天使 Vol.1 デラックス版 [DVD]フリーズ・ミー [DVD]野獣死すべし デジタル・リマスター版 [DVD]天使のはらわた 名美[ビデオ]花と蛇 [DVD]エンター・ザ・ボイド ディレクターズカット完全版 [DVD]名美Returns―石井隆傑作集ウォッチメン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]