家族との関係性に起因する諸問題。

 一観客として「MAD探偵」へ。料理のシーンは少ないが飯はひたすら食う。それも吐くほどに旨そうなものばかり。主人公の主観で描く多重人格の被疑者描写は共同監督のアイディアなのか、とにかく美しく主人公の狂気に観客は最後まで完全に同調できる。とはいえこの奇想も「柔道龍虎房」や「マッスル・モンク」といった珍品もモノにしている監督の功績である可能性も否めず、その探りだけでも最後まで興味は持続する。主人公に付きまとう刑事の人格が「エレクション」におけるサイモン・ヤムの息子という点も、お馴染みジョニー・トー組総出演の中では一連のギャグのように光る。しかし、主人公の理想化された妻と、現実の元妻という二重の役に恵まれたケリー・リンの多角的な美が堪能できるだけでも、本作を個人的には苦手とする現実味のない単なる探偵モノと斬って捨てずに良かったとつくづく感じる。要するに、共同監督作品といえど、数年塩漬けになっていた作品だけに侮ってはいけないということだ。その感、お釣りが来るほどに。


 一観客として「ビー・デビル」へ。関係者が無知故の愚かさと、より人工的なクリス・ペプラー夫人(こと“君嶋ゆかり”)といった趣のヒロインは不正に目をつぶったりなどで、起きる惨劇が必然に見え驚きが少ない。故に当事者たちへの感情移入も拒むのだ。それともこれが韓国の田舎の男尊女卑の実態だとでも言うのだろうか?あと「悪魔を見た」と同様にそれを放置する韓国警察の無能さが際立つ。汚職刑事ジャンルも確立しているし、これはこれでマジなのかもと思わされてしまうぞ。個々の描写に関しては、ババアの血がジクジクと噴き出さないところにリアリティを感じるが、野郎も含めた他の犠牲者も横並びで低血圧だと手抜きに見える。あと生首は何度も映すと陳腐さが露呈してしまい、もったいないよ。他にも似たような点で笑いに転化する部分は多かった。しかし、豪快な金玉潰しに関しては「悪魔〜」以上に合格である。


 一観客として「ザ・ファイター」へ。女系家族でのたった二人の男兄弟であるマーク・ウォールバーグおよび、兄貴のクリスチャン・ベイル(元ボクサーのクラック中毒者)と母親や姉たちに、振り回されて才能を浪費していく疲弊感とやるせなさは本来企画を持っていたアロノフスキーの「レスラー」にも通じる。さらに唯一の光明となってくれた自分の女と家族との確執に板挟みでグチャグチャになっても、エイミー・アダムスの神々しさで救いを感じさせるのだ。俺の場合、家族が何かを言ってくるわけではないが、堅気で生き続けることを無意識に強いられて身動きが取れない現状では、これを観て身につまされることがないなどとは拷問されても言えない。さらに、アロノフスキーは本作をデヴィッド・O・ラッセルに任せることで、同じリング上でカメラの往還を繰り返すことで別の試合を切れ目なしにスライドするようなトリッキーな持ち味は残しながら「ハッカビーズ」的な従来路線の退路を断ち、アロノフスキーが「レスラー」で新境地を開拓したのと同様の効果を出している。でも、しつこいようだがアダムスの美しさは「ハッカビーズ」のナオミ・ワッツに匹敵する、知性では醸せない生活力の美だ!柔道龍虎房 [DVD]マッスルモンク [DVD]エレクション~黒社会~ [DVD]エレクション~死の報復~ [DVD]レスラー スペシャル・エディション [DVD]ハッカビーズ [DVD]