クラシカルなものの再彫琢とは。

 20世紀フォックスさんのご招待で「ガリバー旅行記」試写へ。もちろん原作どおりの映画化は無理に決まっている。そうなれば子供には見せられない結果に陥るし、結局悪いのは全て人間だというメッセージになってしまうからだ。ジム・トンプスンがこの原作を愛して止まない点もそこにあるわけだが、単純なファミリー映画に陥ることも巧妙に避けている点はプロデュースも兼ねているジャック・ブラックの意地を感じた。特に端的にしか描かれないが、リリパット国に迷い込んだパートばかりが強調されがちな原作、あるいはその従来の映像化(それだけなら『超兵器ガ壱号』だけで充分だ!)に対して、ブログディンラグ国(巨人国)についても極めて辛辣かつグロテスクな方法で触れているのは新しい。個人的にはこの今生で絶対に実現できない夢として「ドールハウスで生活してみたい」という夢があるのだが、この夢をそこそこリアルに幻視させてくれた点は評価できる。原書が風刺に終始しているのに対し、こちらのメッセージは「自分から逃げるな!」というものだが、自分と向き合った場合、その寿命を縮めて結果的に周囲に迷惑を及ぼしかねない俺には頭の痛いメッセージとして突き刺さったが、アマンダ・ピートの美しさで若干中和された。


 一観客として「イリュージョニスト」へ。ジャック・タチの遺稿のアニメーション化だからこそ、シルヴァン・ショメの作家的色彩は極力抑え目に、絵柄も前作「ベルヴィル・ランデブー」より戯画化を控え、リアルをやや誇張する程度に留まっているのが、カリカチュアライズされたものばかりを目にする現代にあっては色彩的にも目に優しい。物語もチャップリンのものほどスラップスティックではないが、タチが自身を宛て書きしているマジシャン、その名も“タチシェフ”(「ウォッチメン」の往年の敵であるところの“モーロック”のような芸名)による擬似親子であり恋愛練習といった少女との関係性は「サーカス」以来の定番(→「街の灯」→「ライムライト」等)であり、動きが落ちてトーキーに移行し切れなかったサイレント期のスターをも髣髴とさせる。タチ本人も隠れキャラで登場する描写の積み重ねには、日常で見落としがちな微細なリアリズムに気を配り、全体に描かれる寄席文化の終焉とともに、こうしたこだわりのあるアニメーションの挽歌としても実写に遜色のない哀愁が漂っている。そして、前作に比して、こうしたシンプルな素材を選んだからこそ、さりげなくその細やかさが突出して眼福に感じられるのだ。


 東北新社さんのご招待で「テンペスト」試写へ。絶対に許してはいけない罪がある。だから何が何でも復讐に向けて突き進むことである種のドラマは成立する。誰かを滅ぼし、自分以外の対象にその激情を振り向けなければ、その感情に自分が滅ぼされてしまう性質の邪悪さに襲われることは、人間ままあるからだ。故に復讐物語がジャンルとして機能するわけで、シェイクスピアがこの戯曲においてその先を示そうと試みたのは理解できるが、「タイタス・アンドロニカス」のような壮絶かつ痛快極まりない復讐劇をも彼はモノにしていた経緯もあり、それは作者自身の中にも、素材としてそうした澱は渦巻いていたと分かる。しかし本作はそんな単純なものではなく、まして俺の貧困な想像力では恩(怨)讐に「彼方」なんてものは想定し得ない世界なので、ここでジュリー・テイモアヘレン・ミレンに託すことで深化させようとしていた“赦し”の概念は俺には理解できない。理解できたのはシワが増えるほどに増していくミレンの色気(『タイタス』のジェシカ・ラングと双璧をなす美!)と、謎の島に登場人物たちが放り込まれて右往左往するという「LOST」の元ネタだったということだ。奇しくもたまに真面目ぶろうとするエメリッヒが新作として待機させている「Anonymous」も、人間・シェイクスピアの実像に迫ったものらしいが、その作風や心境の変化に迫っていてくれると有り難いと思うのは、酷な要求だろうか。ガリヴァ旅行記 (新潮文庫)ベルヴィル・ランデブー [DVD]WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books)サーカス (2枚組) [DVD]街の灯 (2枚組) [DVD]ライムライト (2枚組) [DVD]タイタス [DVD]LOST シーズン1 COMPLETE SLIM BOX [DVD]