「命を懸ける価値がある、自由から逃げるな」との囁き。

 一観客として「ファンタスティック Mr.FOX」へ。コマ撮りアニメーションの最末期の作品として位置づけられるだろう的なことを「コララインとボタンの魔女」について書いた時も本作に言及したが、満を持しての公開。しかもウェス・アンダーソン作品&癖のあるロアルド・ダール原作なのだから子供にも楽しめるかも知れないが完全に大人向けだ。ジャンルとしては犯罪映画で、子供ができたのを機に人間の農場襲撃から足を洗った父さんギツネが、男としての不能感から、家族に内緒で農場襲撃を再開。精気を取り戻すが、対する人間に子供まで巻き込まれ、抜き差しならない状況に陥っていく、という要するに、家庭崩壊しなかった「竜二」とも言え、かつ主人公には、竜二には欠けていた大人の機知と強さがある。まぁ金子正次の造形したキャラはそれ故に“チンピラ”であり、観る者の痛い腹を探って魅了するのだが、それは別の話だ。本作ではキャラの円熟が、動物を主人公にした寓話とはいえ、エルモア・レナードが孫向けに書いたような作品と同質の深みとなって全体に横溢し、安心して物語に乗っかることができる。人間の走狗となったネズミの声にウィレム・デフォーを配するなど、声優も豪華で、その造形も「ミート・ザ・フィーブルズ」に登場したドブネズミのギャングを思い出すような配慮もいい。登場するのは基本的に毛皮に包まれた動物メインなので、日本人が無粋な自主規制しがちな指の本数も動物どおりに四本指だったりして気持ちいい。また、オリジナルの「キング・コング」の如く、撮影時に動きをつけた人間の手が毛並みに表情を与えており、その分温かみもある。対して人間キャラはリアル気味なのでやや気持ち悪いが、「監督のコントロールを完璧に行き渡らせたければ、人形アニメに手を出すしかない」という俺の持論を裏付けるかのように、「ライフ・アクアティック」で匂わせていたアンダーソンの“こちら側への希求”が爆発していて、病んだ監督の今後も期待させてくれる。


 一観客として「孫文の義士団」へ。ジャッキー映画とかも積極的に行ってもいいんだけど、基本、俺ら世代的には香港映画は家で吹き替えで観る方が圧倒的に多いからね。これだけのキャストが揃っているからこそ足を運ぶ甲斐もあるってもんだし、ジャッキー・チュンが出てきたと思ったらいきなり頭を撃ち抜かれたりして、冒頭から期待に違わない飛ばしっぷり。相変わらずいい加減で食えないおっさんなのかと思えば、唐突に発揮されるエリック・ツァンの男気。死人として生きてきたレオン・ライが、死すべき場所を得てからの豹変と激闘。その散華に突然現れるミシェル・リーも援護射撃。そうやって孫文を護送する現地調達の無名義士たちが、いちいち死ぬたびにプロフィールが出るところが東映実録ヤクザ路線を彷彿とさせられ、胸が熱くなる。それはもちろん、こんな愛国心も義侠心も死に果てた国の人間が観るからこそ胸に迫るのだろうが、その血河に応える孫文役も「戦場のレクイエム」のチャン・ハンユーだったが、特殊メイクのお蔭で、本作を孫文ゆかりの日比谷公園近くの映画館で観られたのは意味があると思わせる程度の重厚さを醸していた。全体を通してオールスター映画なのでドニー・イェンも前面に出過ぎず、普通の男に徹しており、対して暗殺団の頭領、フー・ジュンが、「レッドクリフ」の趙雲のネガのような、香港映画には珍しく複雑で屈折した悪役に徹していて、監督の思い入れが最も窺えたキャラであった。また、ニコラス・ツェー周辺の容赦ない(文盲や障害者等の)ネタが香港映画らしくて安心したし、速攻退場のサイモン・ヤムの娘を演じたクリス・リーのレズ女みたいな殺伐さは一番の収穫。


 一観客として「エンジェル ウォーズ」こと「Sucker Punch」へ。あくまでザック・スナイダー初のオリジナル長編なので、監督の撮りたい画がありきである。それらを繋ぐ形で(口実としての)物語が構築されているので、60年代の少女にロボットや銃器やゾンビ兵士などが想像し得るはずはないだとか、物語の強度についての野暮な話をすべきではない。むしろその強引さというか展開の妙を味わうべきだろう。汚く勝つより死力を尽くした方結果抜きに美しいという点では「300」と変わるところはないし、“ミニットメン”の構成員であったが精神病院に入れられた“モスマン”の描かれなかったその後+脱獄する“ロールシャッハ”を再度トレースしているという意味では「ウォッチメン」である。人権意識が低い時代の精神病院を舞台にしているので、「カッコーの巣の上で」はもちろん、「17歳のカルテ」や「チェンジリング」がお気に入りなら没入にも苦労しないだろう。「カッコー〜」ももちろんだが、精神病院でのロボトミー手術という描写の具体性では「シャッター・アイランド」のさらに先を行くものであるし、ディカプリオ繋がりでは妄想の多重構造を描いているという意味でも「インセプション」に近似した構成となっている。しかもスナイダー本人はマーク・ラファロ似の男前なんだから、観ている俺が混乱するのも止むを得ないということにしておきたいし、それだけに俺は俺の人間性から除去して欲しいものがあるだけに、自分へのロボトミー施術の必要性を強く感じたな。とはいえ、愛しのアビー・コーニッシュのクローズアップはひたすら目の快楽だったが、カーラ・グギノの美しさを収めることにもっと比重を置いても良かったと思う。コララインとボタンの魔女 3Dプレミアム・エディション<2枚組>(初回限定生産) [DVD]竜二 [DVD]チ・ン・ピ・ラ【HDリマスター版】 [DVD]チンピラ?TWO PUNKS? [DVD]ママ、大変、うちにコヨーテがいるよ!ミート・ザ・フィーブルズ/怒りのヒポポタマス [DVD]キング・コング [DVD]ライフ・アクアティック [DVD]ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱 デジタル・リマスター版 [DVD]戦場のレクイエム [DVD]レッドクリフ Part I スタンダード・エディション [DVD]レッドクリフ Part II -未来への最終決戦- スタンダード・エディション [DVD]300〈スリーハンドレッド〉 [DVD]ウォッチメン スペシャル・エディション [DVD]WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books)カッコーの巣の上で [DVD]17歳のカルテ コレクターズ・エディション [DVD]チェンジリング [DVD]シャッター アイランド [DVD]インセプション [DVD]