男と女の間を嘲笑する愉悦。

　一観客として「ブルーバレンタイン」へ。ヒースの元・女という時点で「キャンディ」みたいな即効性のある悲劇を想起したが、長い年月でじっくり二人に毒が回る様を描いた、極めて残酷な逸品。そういう意味では既に挙げられているだろうが「レボリューショナリー・ロード」に近い。でも恋愛は自己責任である以上、この場合どう考えても先に惚れた男に分が悪く、女は押し切られ、その罪悪感が消える期限が来ただけだ。この女は自分の志が潰えたのも棚に上げて、才能、時間を度外視した男の衷心、ただ一度の自己犠牲を安く値踏みしていたということさ。男の焦燥への無視（これを弱さと呼ぶ奴もいる）と自制の敗北だ。カネは直接要素ではないが、もちろん男によって贅沢三昧に飼われてりゃ、あの結末は決してなかったはずだし、負い目どころか、時間を提供してやった位にしか考えていないだろう。これは、男の文科系的スキルは穏やかな家庭人として生きようとする限り、実社会でその才能を金に換え、価値として確立しなけりゃ意味がないという死刑宣告である。愛の可能性やミラクルを信じようとしている観客にリアルを突きつける作品であるが、ふたりの間にガキがいて、ガキのために生きる決意があるなら、いつまでも男女してられるはずはなく、互いの負い目を支えてしおらしくできただろうし、そういう親は皆無ではない。最後の花火は、往事の輝かしさを見せているように解釈されがちだろうが、俺には「江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間」や「ランド・オブ・ザ・デッド」みたいなやぶれかぶれさがまず第一に伝わったが故に、沁みたぜ。

　ギャガさんのご招待で「奇跡」試写へ。どの家族も破綻するのは決裂せずとも時間の問題（みんな死んで終わりだから）だが、その時子供の側に立つとたまったもんじゃない。だから「ブルーバレンタイン」と続けて観るのはとても意味があったと思う。どこでも疲弊したロマンティストの男女が辿る末路は一緒ということだけど、別れの原因や経緯が似ているよね（根本的な要因は違う）。まぁタイトルをそのものズバリに「奇跡」と銘打つことは、是枝監督が「わたしは真悟」が好きだという愛情の吐露なんではないか？作品はそれをより分かりやすい子供の願望に置き換えた感じだけど。しかし、俺が見た子供時代は、昆虫の世界のように割り切られ、暴力が支配する弱肉強食の世界でしかなかったけどね。それでも、子供の放射するエネルギーが焼き付けられたものを観るということは、生きることに無根拠な自信があっただけに、毛が生える前、日焼けし放題の世界で培われた感性こそが人生の華だったとは気づく。それにしてもモッくんの娘が夏川結衣の娘とは出来すぎだが、力尽きて都落ちした母親の疲れ具合には妙な説得力（と色気）がある。確実に美しい！

　一観客として「キラー・インサイド・ミー」へ。原作者トンプスンが画策した爆破地点に向けての導火線の燻りはちゃんと表現されている。同じような犯罪映画というジャンルでも、鬱屈した念が漲る「バタフライ・キス」や「アイ ウォント ユー」のウィンターボトムにしては明快でヘラヘラした世界観を忠実に再現するのに努めていて、監督の遊びらしいものはキャスティング程度にしか見当たらないのは好感触。だから主役も含め、大半の役の割り当てにおいて異存はない（一点、ジョイス役がジェシカ・アルバであることを除いて）。だが、やはり思い入れのある小説だけに、もっとヘラヘラと侮られ放題の主人公で良かったし、餌食になるヒロインどもは、「残酷な夜（Savage Night）」の表紙のように、ブロンドとブルネットのコントラストを強く出すべきだった。リンチがギフォードの影響でこの手のジャンルに最もアプローチした「ロスト・ハイウェイ」はそこを明確に打ち出しているし、その主役のビル・プルマンを暗号のように紛れ込ませているだけに。とはいえ、全てが乾いている疾走は、少年の殺害を除き、何もかも具体的、あるものが全てで、意味などないような殺伐は安心して観ていられる。ケイト・ハドソンの漏らした小便さえも乾いていて、人類が永久に解決できない問題（＝狂気）を正確に焙り出し、かつ見事に放り出した。ここ数年は待機作「Nothing more than murder」や、「Lunatic at Large」といい、どれだけ“おれたち、みんな”の生きる地獄をむき出せるか、ニタリスト・トンプスンも地獄から見守っているだろうよ。