「俺映画」の両極。

 一観客として「ミスター・ノーバディ」へ。『Suckerpunch』でも強調されていた「Sweet Dreams」がここでも使われているどころか、かの「Where is my Mind」がより瑞々しい形で引用されている時点で、これは紛れもなくジャレッド・レト版「ベンジャミン・バトン」であり、出世作ファイト・クラブ」へのいい意味での返礼である。要するにフィルモグラフィーでも随一ワンマンショーとして作品が結実しており、撮影期間中バンド活動を止めるに充分な意義が感じられる労作だ。それはジェット・リーが体現した「ザ・ワン」における多元宇宙的であるという意味でも、「ベンジャミン〜」とは別の意味での逆行世界である点においてもレト映画だからである。また、誰も死なず、だがセックスと死が駆逐された未来世界における寓話という点ではウエルベック的でもあり、その隙間にトリッキーな世界間と時間軸の往還を繰り返し、観念的だったり、人間特有の都合のよさ(記憶の曖昧さ、捏造)が入り込むため整合性がない部分もあるが、描写は整理されているので、そのオチはともかくとして混乱はせずに世界観に耽溺できる。両親との離反や、サラ・ポーリー(衝動的な恋=でも相手は気違い)、ダイアン・クルーガー(運命的な出会いだが引き裂かれる)、アジア系の女(欺瞞でも堅実な人生)といった象徴的な三人のヒロインと共にする可能性の岐路もそれぞれに誰もが思い当たるであろう身につまされ様を繊細な痛みを持ってレトは乗り切っているので、合間に挟まれるジジイ・レトにしても、目がレトの若々しい目であって、ジジイの濁った目ではないという点はご愛敬で受け流せるし、夢のような浮遊感のある編集で所々にギャグも入って心地いい。代わりに失った時間への胸の痛みは増すんだけどね。


 一観客として「ファースター/怒りの銃弾」へ。あの馬鹿でかい口径で短銃身の銃を撃つにはロック様くらいの肉体でないと説得力がないとは思うが、ムショで鍛えたというならいざ知らず、兄のヤマに加担する運転手としてはあの肉体はあまり説得力がない。とはいえ出所直後にその足で復讐行脚に出る疾走感は作品全体のトーンに対する宣言となっており、実際トム・べレンジャーに諭されなくても監禁状態になればあれだけ走りたくなるものだということを俺もまた身をもって知っている(服役経験があるということではない)。そしてその弾丸のような突破力と呼応するように復讐の発端にしてもスナッフビデオ製作を絡めるなどシンプルかつ凶悪で、復讐の道行きにも人格異常の殺し屋、さらにはヘロイン中毒の刑事といった細部に棘のある設定が心地よく観客を傷つけてゆく。そんな中、唯一の良心としてのカーラ・グギノはひたすらに眼福であり、その美しさとアップの多用で欲情できる。また、殺し屋の妻を演じたマギー・グレイスは、「96時間」で注目するようになってから、「ナイト&デイ」や本作と、どんどんアクション寄りの立ち位置になって来ているのが頼もしい限りだ。エンジェル ウォーズ Blu-ray & DVDセットTATARI タタリ [DVD]ベンジャミン・バトン 数奇な人生 特別版(2枚組) [DVD]ファイト・クラブ [DVD]ザ・ワン スペシャル・エディション [DVD]素粒子 (ちくま文庫)素粒子 [DVD]ある島の可能性ファースター 怒りの銃弾 [DVD]96時間 [DVD]ナイト&デイ(エキサイティング・バージョン) [DVD]