家庭こそ世界の縮図=問題の宝庫。

 一観客として、「愛、アムール」へ。女の場合、子を産み育てることで、愛情的に成熟する部分もあるだろうが、男の場合そうは行かない。そんな融通の利かない男の愛情の行き着く先のシミュレートであり、キレイごとを抜くと最終的に迎えるべき、愛情の結末が冷徹に描かれる。端的に言えば、老老介護のありがちな悲劇だが、そんなテーマの作品が、ハネケ作品中でも、これまでにない無常と残酷を煽る内容になるのは当然だ。よって愛情を真摯に見据える姿勢は変節でも何でもなく、逆にハネケの挑発的な作家性が変わらない証となった。それは愛情の良い面しか見せずに商売をする奴らへの挑戦であり、まんま価値観を刷り込まれた奴らへの挑戦なので、表面上の口当たりの良さを期待した観客は、冒頭に提示される物語の結末に打ちのめされる羽目になる。映画はそこに至るプロセスのを老夫婦の暮らす部屋から出ずに緻密に描く。妻の発作、拘縮に始まり、次第に認識能力が奪われ、周囲との軋轢も含め介護により孤立していく夫、そして二人の姿は、時折部屋に紛れ込む鳩が象徴するように、生病老死の不条理に自覚ないまま絡め取られる、我々の行く末そのものだ。また、ありがちな話を支えるのが、現実に年輪を重ねた主役三人だからこその説得力もあり、彼らの勇気には圧倒される。特にイザベル・ユペール(六十代)とエマニュエル・リヴァ(八十代)には、男目線で、各世代相応の女の美しさがあると再認識させられ、頭の悪いマッチョ男は余計に、「若さ=美しさ」といった刷り込みを戒められる設計でもある。とはいえ、全体を通すと、妻の弾くピアノの収録されたCDを聴き、部屋に置かれたピアノに在りし日の妻を幻視する描写には救いがあり、愛の真相は紛れもなく、相手に当人が抱いた思い込み(と、その美化)であると示される。これを悲劇と取る奴もいるだろうが、各自の精神の内面こそ、現実にさえ侵食出来ない聖域ということだ。


 一観客として、「君と歩く世界」へ。「マッド・フィンガーズ」みたいなマイナー作を「真夜中のピアニスト」にリメイクした辺から、オーディヤールの作家性は暴力的なものに惹かれるのを薄々感じたが、「預言者」などのように、時折挿入される叙情が俺を混乱させてきた。その混乱が着地を先読み不能にし、故に観続けさせるスタミナとなったのも事実だ。そして今回、同じ作家の短編小説を組み合わせ、同様の先読み不能感醸成に挑み、その目論見は成功と言っていいほどの奇縁が展開される。ただし、原題はどう考えても、物語が元ボクサーである男側に軸足があると示される(「Rust and Bone」)ので、邦題や見当違いな宣伝コメントの数々は、女の集客目当てに売り方を間違えたようだ。なぜなら、本作に限らず、「よりよき人生」のように、どうにも潰しが効かない男が最近のフランス映画に頻出するのは、「預言者」然り、紛れもないフランスの現状の一面でもあるからに他ならない。そんな社会的不遇に対し、肉体的不遇に屈しない彼女の姿は、自分やその連れ子には希望でもあり、ストリートファイトを通じ双方が活気を取り戻す中では、人間的繋がりの再確認の対象でもある。二人の紐帯を試すアクシデントの数々と、マリオン・コティヤール渾身の両足喪失演技は、そのセックスも含め、身体欠損愛好者必見なだけでなく、男主人公のだらしなさ、堅気の男の障害者への偏見と及び腰、彼女の社会への抵抗も余さず見せてくれる。セックスを介さずとも、互いのだらしなさを許容する関係が、俺には「ストリートファイター」のブロンソンとコバーンに似たものと見えたが、この乾いた関係が、愛情か友情かは各自が判断した方がいい。さらに、拳が使い物にならなくなったら、もう彼女との紐帯しか対等なものが残らないと気づくほど、阻害された同士の切実な関係が徐々に積もる様は、似た境遇のボクサーが登場しながら、家族の息苦しさのみが描かれる「ザ・ファイター」とは対極とも言える。


 一観客として、「リンカーン」へ。「リンカーン/秘密の書」で描かれなかった部分を映画化した印象。だから、普通世界史で知ってる、あっちで描かれたようなリンカーンは登場しない。とはいえ、世論が二分されて起きた内戦による矛盾を正すことが、後の憲法修正(奴隷制廃止)という結果に繋がるわけだが、それほどのムーブメントも、実は権力者の家庭的な事情に帰結するのではないか?という観点に妙な説得力がある。既に我々はその結果を知ってても、父の命に逆らい戦場に向かう息子を止めたい意志と、子供を次々に失い狂った妻によるヒステリックなせっつきの板ばさみから、リンカーンが手段を選ばず同調者を拡大する過程はスリリングだ。「父が子を殴る」という、アメリカ映画に珍しい描写もあり、まさに「リンカーンもつらいよ」な状況だが、それはつまり、自分にとって最も身近な周囲の切実な問題こそが、世界を変える可能性もあるということで、嫌でも自身への内省を迫る。ジェームズ・スペイダーも、彼が太るなら、俺もオッサンとしてそりゃ太るわけだ!的な納得を与えるだけでなく、物語的にも果たす役割が大きく、我がお気に入り、ジャッキー・アール・ヘイリーも南部側の重鎮を好演。とりわけ北部の言説を後押しした急進的奴隷廃止論者、トミー・リー・ジョーンズの、実は「あくまで自分の女(黒人)のため」という個人的な動機由来の情熱が全体を支え、裏主人公としての暗躍も大いに共感できる。よって日本の憲法改悪には応用しようのない内容だが、我々が騙されないため、裏を読む動機にはなる作品だ。また、南北戦争の戦闘描写に期待したが、脱「プライベート・ライアン」のつもりか、悲惨な殺し合いは「コールド・マウンテン」を継承し、あくまで押し合いへし合いの圧死による恐怖感の煽りに終始した。しかし、後半「ホステル」ばりに凶悪な残酷描写のサービスが唐突にあり、「戦火の馬」での戦争描写の不満感は霧消したね。愛、アムール [DVD]Rust and Bone [Blu-ray] (2012)  [Import]マッド・フィンガーズ [VHS]真夜中のピアニスト DTSスペシャル・エディション [DVD]預言者 [DVD]ストリートファイター [DVD]ザ・ファイター コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]リンカーン [DVD]リンカーン/秘密の書 [DVD]プライベート・ライアン アドバンスト・コレクターズ・エディシ [DVD]コールド・マウンテン [DVD]ホステル 無修正版 コレクターズ・エディション [DVD]戦火の馬 [DVD]