突き詰めりゃ、人の世の地獄。

 角川映画さんのご招待で「25年目の弦楽四重奏」試写へ。俺は地理と同じく楽器に本当に興味なくて、ピアノの連弾も竹中直人の「連弾」を観るまで、そんなものあるなんて知らなかった。だから弦楽器のこんな駅伝みたいな曲も知らなかったし、上演で求められる、スタミナを交えた調和、緊張の維持は計り知れないものに思える。だが、演者が必要とされるスキルは、実人生でも、家族やパートナーにもそのまま必要とされるスキルっていうのは、家族の展望を断った俺にも想像がつく。だから個人的には、心を閉ざすと決めて生きることにしたら、もうどんな誘惑にも心は開くべきでないという教訓として本作は機能した。一度自分に許すと欲(想い)は際限なく出るものなので、それにはヴィオラ担当、キャサリン・キーナーの娘、イモージェン・プーツが美しすぎ、外見と不釣合いな未熟さ由来の理不尽に、一番手のヴァイオリン奏者に扮したマーク・イヴァニールへ感情を寄せつつ観るには非常に辛かった。また、アンサンブル不和の発端が、面倒見のいい知的なクリストファー・ウォーケンってのも出色だが、そういう役が似合うほど老けた彼が、亡き妻の声楽を妄想する場面は「愛、アムール」ともダブるものがある。彼がチェロを演奏する説得力は、「人間交差点・不良」を観るまでもなく、現にチェロ奏者でもある、アジア版ウォーケンこと白竜との接点が見出せるからなのも大きい。さらに、キーナーとの私生活上のパートナーという設定の第二ヴァイオリン、フィリップ・シーモア・ホフマンも、葛藤を抱えつつ男として魅力的なギリギリの線を安定提供するだけでなく、今回ホフマン好きにはヒゲがポイント。こうして役のアンサンブルと劇中の演目、そして我々がフィードバックできる各自の人生が、入れ子状に反映され、高密度に実験的で実際的な映画の試みとして、本作は成功している。それも音楽が主役の本作において、アンジェロ・バダラメンティが担当なのも無縁ではないだろう。 


 一観客として、「ホーリー・モーターズ」へ。「TOKYO!」のカラックス・パートの姉妹編であり、秘密組織という点は「ポーラX」に共通、長編の前作でドニ・ラヴァンに出てもらわなかった罪滅ぼしで作られた、「TUVALU ツバル」みたいな、ドニ・ラヴァン偏愛映画。そもそも“ドニ・ラヴァン偏愛”という要素自体がカラックス作品をたらしめる重要なエレメントでもあるため、出ずっぱりのラヴァンによって、「TAKESHIS'」が「500% KITANO」であったように、久々に高濃度のカラックス映画として息を吹き返していた。なぜたけしを引き合いに出したかというと、たけしが通常自身で演じるオルターエゴがここではカラックスにとってのラヴァンになっており、物語の構造が、たけしが構想の段階で話した「フラクタル」、即ち 「TAKESHIS'」をものの見事になぞるフラクタル構造をしてるように見えたからだ。これは単なる類似だが、ラヴァンの役どころが変転しながらエンドレスに次元へ上昇していくという、とらえどころのない夢的な構造ゆえである。しかも前作はひたすら重かったが、こっちは謎めいているのに全然難解じゃなく、意表を突いたループと緩急がひたすら楽しい。とりわけ予告にも登場して大暴れを予感させた、「TOKYO!」に登場した怪人、こちらはたけしというより志村的「変なおじさん」、“メルド”の再登場が、エヴァ・メンデスの贅沢な使い捨てっ振りと合わせ、かなり笑えて最高。このパートを観る限り、次回作の構想は「ヒーローものにしたい」と監督が話してるのを劇場の壁で読んだが、実体がなく、「ゴジラ」的アンチヒーローではあっても、これも紛れもないヒーロー(=ラヴァン)映画であるのは間違いない。また、「マックス、モン・アムール」的言及によって、大島渚の影をちらつかせてしまうところが、本来整合性より体験を提供したかったはずの、たけしの実験諸作をより意識させ、かつ完成度で凌駕しているため、狐につままれたような体験を大いに満喫できる。


 一観客として、「コズモポリス」へ。「クラッシュ」に端を発した、ポスト「アメリカン・サイコファイト・クラブ」の具体化は、やはり「象徴交換と死」だった。そうした作品をクローネンバーグが扱うことの必然性が分かる作品。それは何も作品中での“ポトラッチ”への言及や、原作の「円」を脚色で「人民元」に置換することで得た今日性に限らず、既にシステムに取り込まれ、セックスも娯楽も突破力にはならず、表面上の快楽は癒しでも答えでもなければ、はたまた意図的な暴力や死も無駄という閉塞が描かれてる時点で明らかだ。もちろん、ウォール街占拠やテロもシステムの前では無意味で、唯一自分の中の計算不可能な自然、その多様性と不均衡のみがシステムへの唯一許された反抗と提示され、それを予感していた「ビデオドローム」のジェームズ・ウッズを裏書きするように、こちらは原作小説ありきの忠実な映画化なのに、ロバート・パティンソンも同様の末路を辿る。こうしたクローネンバーグの作家性をナビゲートするように、デボラ・カーラ・アンガーに近似した最新版、かつ前作からのお気に入りヒロイン、サラ・ガドンが点在し、やはり観客と主人公を挑発する。ちなみに俺は、こうしてロバート・パティンソン童貞を今回喪失したが、監督からの彼への評価は別として、次回もタッグを組むというのだから、俳優単体の評価は保留しておこう。なお、俳優的資質では得意ではない女優としてマークするジュリエット・ビノシュが、意外にもその生臭い生活感を醸して美しく、彼女が常連だったレオス・カラックスも、防衛用(?)のパーソナリティ喪失を、奇しくもリムジンという閉鎖空間で描いたのが偶然とは考えられなくなる。まあ表面上は難解でも、クローネンバーグ的には「経済へのコントロールを生理的欲求や身体性にも応用可能と過信した引きこもりの話」程度に臨むと、安定した娯楽の中に作家性を堪能できるし、好きな人間には心地よい緊張をもたらすはず。Late Quartet / [DVD] [Import]連弾 [DVD]愛、アムール [DVD]人間交差点・不良 [VHS]Holy Motors [Blu-ray] [Import]TOKYO! [DVD]ポーラX [DVD]TUVALU ツバル [DVD]TAKESHIS' [DVD]志村けんのだいじょうぶだぁ BOXI だっふんだ編 [DVD]志村けんのだいじょうぶだぁ BOXII ウンジャラゲ編 [DVD]ゴジラ <昭和29年度作品> [DVD]マックス、モン・アムール [DVD]ボーイ・ミーツ・ガール<デジタル・リマスター版> [DVD]汚れた血<デジタルリマスター版> [DVD]ポンヌフの恋人 <HDリマスター版> [DVD]Cosmopolis/コズモポリスクラッシュ [DVD]クラッシュ (創元SF文庫)アメリカン・サイコ ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]アメリカン・サイコ〈上〉 (角川文庫)アメリカン・サイコ〈下〉 (角川文庫)ファイト・クラブ [DVD]ファイト・クラブ (ハヤカワ文庫NV)象徴交換と死 (ちくま学芸文庫)マトリックス 特別版 [DVD]マトリックス リローデッド 特別版 [DVD]マトリックス レボリューションズ [DVD]イグジステンズ [DVD]ビデオドローム [DVD]デッドゾーン [DVD]危険なメソッド [DVD]