多数における個の在り方への突き付け。

　ポニーキャニオンさんにご招待いただき、「プリスナーズ」試写へ。誘拐により我が子を奪われた父親の暴走を豪華アンサンブルで。アメリカではこうした自己解決は受け入れられやすそうだが、それが本当に正しいことなのか？という問いを突きつけてくるためには必要な長尺を持っている。そんなシリアスな話に挑戦するには珍しいキャスティングが目を引くが、ちゃんとそんな大風呂敷に乗る活躍を誰もが見せるので心配ない。そしてなんといっても怪しい人間の最右翼としてのポール・ダノが素晴らしい！しかも「ダークナイト」で怪しかった人はちゃんと怪しいままで出てくるんで非常に親切。囚われたのは子供なのか、被害者の家族なのか、罪を裁いたつもりになってる奴なのか…。はたまた全てを傍観している奴か。作品はそれらに象徴的な答えを与える。その突き放し方で単なる謎解きに終わってないところがミステリーの大嫌いな俺好みの作品であった。同じく失踪事件を扱ったフィンチャーの「Gone Girl」も、是非こうあって欲しいものだね。

　一観客として、「ダラス・バイヤーズクラブ」へ。医学に見放された人間が生きるために否応なく闘いに駆り立てられるドラマとしては、やはり実話の「ロレンツォのオイル」に似てなくもないが、こちらは偏見に満ちた私欲まみれの人間で、それだけ初っぱなの共感を撥ね付ける点が斬新だ。つまり、自分の生命が懸かった分、深刻さは桁違いでも、打算から発進した人間が結果的に善をなす意味では「シンドラーのリスト」と、より俗っぽい「ソハの地下水道」との関係に近いとも言える。また、当初はエイズを同性愛者に対する天罰と捉え、ろくな対策をしなかったレーガン政権の消極性との闘いの図式から、「あなたを抱きしめる日まで」の延長にある物語に見せておいて、次第にもっと明確な敵が姿を現してくる過程がスリリングである。それは自社の有害で効能のない薬を認可させるため、有効な薬を排除しようとする製薬会社であり、そのロビー活動に屈したFDAや個々の医者という具体的なもので、こいつらの存在により、徐々に主人公の怒りに寄り添えるようになっていたのだ。だが、むしろ俺はケツに火が着き予想外の行動力を発揮するマシュー・マコノヒーよりも、対照的に嫌悪を交えた共闘から、友情、そして叶わぬ恋心への昇華を抑えつつも宿したジャレッド・レトの、一見消極的にも見える生への執着に胸が詰まった。もちろん「チャプター27」との落差を見せつけながら、瞳に見えないはずのハートマークまで見えて来る（ような気がする）感情表現の細やかさはひたすら圧巻で、本作でのオスカー受賞を機に俳優業に本腰を入れて欲しいと、切に願うばかりなのだった。

　一観客として、「アデル、ブルーは熱い色」へ。“エゴン・シーレ”だとか“クリムト”、“クールベ”や“サルトル”といった程度の衒学趣味でコロッと行ってしまうアデル（あどけない口元がエステラ・ウォーレン似）の幼さにもどかしい向きもあるだろう。だが、相手が誰であろうと愛せるのは無条件に素晴らしく、また「寂しかったから」というのは裏切りの口実にはならないという普遍的教訓の物語なので、その幼さゆえの軽率さは強調される必要がある。しかも、踊りとパスタを食うアップに代表される食事のシーンが多いように、関係が急展開するふたりのセックスも、その動きは激しいが日常的で、ことさらに見る者の劣情を誘うものではない。それだけに過剰な修整には興を殺がれた。またタイトルに取り込まれた色・ブルーは、さほどの深読みもなくストレートに画面上に展開する。なぜなら自信のない少女（アデル）が激愛を経験することで、自ら業が深く異性を惹き付ける女に成長していくように、関係が成就したタイミングで、セドゥ演じるエマからはブルーの色が抜けていくからだ。それはアデルのドレスの色のように彼女の憧れが色づいていただけだったのだろうし、地に足のついた生活者として、エマは己の地毛の色をアデルの前にさらけ出したはずだった。それは個が確立さえしてさえいれば大人同士の愛着ある生活に踏み込めるチャンスだったのに、その適切なディスタンスを寂しがるがゆえにつまづくアデルの幼さと愚かさが悲しい。そんな彼女の足元を、バイである彼女を見越す周囲の男女の下心が透けるように、アップを多用した露悪的演出は不快でもリアル。所詮セクシャリティに関係なく裏切る奴は裏切るし、裏切らない奴は裏切らないわけだが、ふたりの関係を公にしたがらないアデルの打算と、先進的に見えるフランスですら実態は偏狭である現状を考えさせられる、構造に負ける身分違いの恋物語でもあった。「プリスナーズ」同様、長尺は無駄じゃないぜ。