「映画」という人間関係の窃視。

 ファインフィルムズさんのご招待で「カフェ・ド・フロール」試写へ。旧恵比寿ガーデンシネマこけら落としジュリアン・シュナーベルの「バスキア」という平易な作品だったのに対し、新ガーデンシネマのこけら落としが本作である。純アートにも分類されかねない作品をのっけからぶつけるチョイスに、元気のないミニシアター文化に向けた挑戦的な意気込みを汲み取れる。こう書くと難解に受け取られそうだがそんなことなく、一般には突然「ダラス・バイヤーズ・クラブ」で頭角を現したように見えるジャン・マルク・ヴァレ監督が、以前から確立する作家性と、後の作品への萌芽を見られる点で力のある作品なのだ。その兼ね合いなのか、予告では障害児を抱えたヴァネッサ・パラディのシングルマザーものにも見え、確かにその外見だけでも息子の寿命が短いと知り極力普通の人生を生きさせようとする母は、「ダラス〜」の主人公と確実にダブる。だがそれは昨年の「GODZILLA ゴジラ」が全破壊をゴジラの仕業と錯覚させたのと同じく、こちらにも“ムートー”に匹敵する本来の主人公がいる。その男の業が正当化される過程と、かつて男をソウルメイトと見定めた女の喪失が合理化される過程こそ本題である。その過程で浮き彫りになるのは、ヨガや羊水タンクに始まり、果てはドラッグや降霊を介し転生という概念の受容にまで至る、フランス社会における神の不在だ。彼らは哲学で神を滅ぼした故に迷走するが、怠惰で神を無力化した日本人にも分かりやすい状況として葛藤は描かれる。だが片方が落ちたら見捨てるのが男女の基本となっている我々には、それ以上の執着や互いの対象の強烈な乗り換えの衝動が生まれる不可解を説明するツールにスピリチュアリズムを利用するのか、そうでないと見るか、神はさておき己の超自然の受容が解釈を分ける、リトマス試験紙的な重みを持つ作品であり、その重みゆえに、かつてガーデンシネマで公開された「イントゥ・ザ・ワイルド」を偏愛する俺は、監督の新作「Wild」を期待して止まなくなったのだ。


 一観客として「エクソダス:神と王」へ。シオニズムの正当化を定期的にしなければならないユダヤ系資本の思惑と、リドリー・スコットがモーゼとラムセスの愛憎入り交じった疑似兄弟関係を、亡くなってしまった弟、トニー・スコットとの関係にダブらせる思惑が合致した作品。よって「グラディエーター」や「キングダム・オブ・ヘブン」の系譜に位置する作品ではなく、いくらリアルを狙っても史劇ではない。要するに「ノア 約束の舟」や、「サン・オブ・ゴッド」と同じく聖書正当化映画なんで全て嘘なのだが、そう割り切って見れば、モーゼが精神状態に異常があるような描き方をしている分、残酷描写に特化した「パッション」のような楽しみ方も出来ないことはない。とはいえ、これまで血みどろの表現にはそれなりに力を入れてきた監督の冴えはなく、予定調和のスペクタクルもお寒いだけで、その状態こそが弟を失った兄の疲弊と喪失感を醸し出してもいるということなのだろう。あるいは全てを事務的に作り上げることが、兄を上回る職人だった弟への敬意の表れかもしれない。その監督の姿勢に賛同したのか、説得力あるシガニー・ウィーバーやその他キャストのアンサンブルで辛うじて手垢のついた題材が長尺で語られるのに耐えられた。ただし、俺のお気に入り、ベン・メンデスルゾーンが大した活躍をしないのが辛く、彼が大人しかった分、もっとモーゼの狂気は前面に出ていても良かった気がするが、そうなると弟への追悼の意味合いが失われてしまうから、ギリギリのさじ加減だったのだろうが、惜しいものは惜しいのである。


 一観客として「毛皮のヴィーナス」へ。題名の通りマゾッホの作品の再映画化を思わせるが、実際はその舞台化をめぐるある女優との実践的なオーディションを描くもので、つまりは「おとなのけんか」に続く舞台劇の映画化とも言える。しかも今回は出演者たったの二名というミニマリスムの極みに挑戦している作品だが、丁々発止の駆け引きによって低予算であることなど全く感じさせず、むしろ豊穣さを堪能させてくれるところに、監督の自信と老獪さが窺える。男は見た目がそのまんまのポランスキーの分身、マチュー・アマルリックだからこそ、メフィストフェレスとしての女は現実のポランスキー夫人、エマニュエル・セニエなのだろうし、奇しくも「潜水服は蝶の夢を見る」でも夫婦を演じていたため、起爆力はイマイチだがスキャンダラスな組み合わせによって語られるポランスキー自身の夫婦関係の暴露、あるいは監督による妻への公開処刑といった趣もある。しかし、最後には絶対に男を裏切る存在として、女は男からの超越性を保ち続け、男女は核心では決して相容れることはないという、一種の悟りの姿勢(女への敗北宣言)は、ややブラックコメディ寄りの展開から、鑑賞前まではやはり妻を起用した「赤い航路」の系譜にある発展型のような作品を期待していたために少々面食らったが、結局のところ言わんとしてるのは「赤い〜」と全く同じであると気づき、反芻してやっと腑に落ちたのであった。ただし、文芸エロ大作みたいなノリを期待して来ていたであろう多くのジジイ観客には肩透かしだったかもしれない。バスキア [DVD]ダラス・バイヤーズクラブ [Blu-ray]GODZILLA ゴジラ[2014] DVD2枚組イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]エクソダス:神と王 4枚組コレクターズ・エディション(初回生産限定) [Blu-ray]グラディエーター [DVD]キングダム・オブ・ヘブン/ディレクターズ・カット(2枚組) [DVD]ノア 約束の舟 [DVD]パッション [DVD]おとなのけんか [DVD]赤い航路 HDマスター [DVD]
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