「傷のないまま死ねるか！」って記録。

　アルシネテランさんのご招待で「傷だらけのふたり」試写へ。「オアシス」や「シークレット・サンシャイン」にも見られる、間抜けだったりする男の不器用な恋愛に、さらに男の側の粗暴な属性が大きな障壁となる、意外にもストレートな恋愛もの。個人的には「甘い人生」の冷酷なやくざをベストバウトだと思ってるファン・ジョンミンは実はこういうのが好きなのか、自身がかつてプロデュースも兼ねて出た難病エクスプロイテーション「ハピネス」の仕切り直しの側面もありそうだ。しかしそれを否定するかのように時折突発的に紛れ込む暴力描写のキレは、「悪いやつら」や「新しき世界」の現場を助監督として経験した本作の監督の培ったスキルの披露のようで、先読みを許さない不穏さを放ち飽きさせない。後半も意外に「傷だらけ」という以上にボロボロに劇的な展開を迎え、俺はまるで「ちょうちん」というシナリオを残して死んだ金子正次が、遺作となった「竜二」そのまんまのキャラで最期を迎えたなら…？というような「if」の世界へ紛れ込んでいたよ。それだけにアウトローでさえ見舞われる不測の人生模様、人間的な所帯じみた感情、そして彼らならではの、人生を斜に構えた彼らにしかできない向き合い方というものを真摯に見つめようとしている姿勢は、本作のボリュームからも充分に見て取れる力作であった。

　一観客として「ビッグ・アイズ」へ。愛情を愛情として享受できない人格障害の闇をファンタジーの形で暴き、バートンの人間洞察に一段の深まりを見せた「ダーク・シャドウ」とは別の意味の大人の映画である。本作はヘレナ・ボナム・カーターとの別離も含め、かつて自身の父の死と折り合いをつけた「ビッグ・フィッシュ」並みに、バートン自身の私生活の中でより大人として深みを否応なしに増した、自身の次なるステージへの転回点となる作品とされるだろう。それは本人的にもジョニー・デップを起用しない点での意思表示からも明白だし、物語を極力コミカルにはしない演出面でも従来の自作との差別化を打ち出して見える。「アリスの恋」を意識したような60年代アメリカ社会を覆っていた女への抑圧と共に、そこにあぐらをかいた愚かな男の象徴として、バートン組初参加ながらも場を持っていくクリストフ・ヴァルツの芸達者は、「おとなのけんか」をも彷彿とさせ、笑いのパートを一手に引き受ける様が、役の中身のなさを逆に引き立て、ある意味懲りない「エド・ウッド」的人物として描かれるように、自作のそうした傾向への目配せか、「〜ウッド」におけるオーソン・ウェルズ的に、児童虐待者として名高いジョーン・クロフォードが登場するのは、ヴァルツの抑圧者としての立ち位置を強化する上で象徴的な計らいであった。

　一観客として「6才のボクが、大人になるまで。」へ。内容云々じゃなく、劇映画でこの試みを実現したということに価値があるし、試みが内容を形成し、そして凌駕している。つまり“現実の時間の流れ”以上にドラマや説得力を持つものはないことを皮肉にもフィクションである映画が証明してしまったのだ。もちろんリチャード・リンクレイター的には「ビフォア〜」三部作に連なる含みもそのアイディアの出発としてあるだろうけど、こちらではその最終作で示唆されていた、本来なら一般の家族のホームビデオなどでいくらでも実現されてるものを、極力劇映画としてパッケージできるのか？への極限の試みと答えが示されている。それは端的に登場人物のナチュラルな風貌の劣化や成長にも見て取ることができるし、意識的に込められた随所に登場する任天堂やAppleのデバイスやテクノロジー、流れる音楽などの変遷からも明らかだ。その間のたかだか12年位のトピックも、アメリカの光と闇、リベラルと保守の相克として各キャラやイベントに散りばめられた中で主人公の少年は劇的な変化を遂げ、大人には単に過ぎた出来事の羅列としてしか処理できなくなった時間でも、その中にある子供にとっては誰にとっても宝物であるべき子供時代だったことを客観的かつコンパクトに眺めることができる作品として画期的である。監督は大人でありながらその事実を未だに尊重し、執着してるからこそ、本作のように時間を密封する試みを果たせたのだろうし、その結果を鑑賞するということは、暗闇で現実逃避して芸術に触れている気になってる我々には、既に薄々気がついてるはずの、“子育てこそ映画より偉大な芸術”という事実を突きつけ、ある意味いたたまれなくなるのも、本作ならではの格別な味わいだったりもする。