性と暴力の滋味深いミルフィーユ。

 ギャガさんのご招待で「SHAME -シェイム-」試写へ。描かれるセックスとシンプルな人間関係以外に説明らしきものは極力省いてあるが、殺人と消費以外に何も説明がない「アメリカン・サイコ」(原作)のような、特定のトラウマではない現代人の虚ろな病理が浮かび上がる。便宜上原因らしきトラウマのようなものを措定してあるが、それが決定的な要因には必ずしもなりえない。だがそういう心のない人間こそ、互いを思いやってのセックスには戸惑うものだ。俺自身そうなってしまったからよく分かる。しかし配慮として、まだそうなってはいない人間に向けて、性器や結合部にボカシを入れるべきではない、というのは指摘したいところだ。実際、作品として修整を施すべき場面自体が特にない作品でもあるのだが、その少し見えそうな場面というだけで、及び腰になる姿勢に、「ラスト、コーション」で少しだけ前進した時代が逆行してしまう気がするのだ。とはいえ、俺的には垢抜けていないので忍耐を要するキャリー・マリガンは全裸になっているので、興味のある向きにはそれだけで価値のある作品と言える。


 一観客として「アニマル・キングダム」へ。本作は白人のみの世界だが、エドワード・バンカー作品にも、「アニマル・ファクトリー」があるように、大別して白人と黒人の混合とも言える欧米文化圏は、アジアとは違う暴力性を持った野獣の世界なのだ。それに「動物」というキーワードは、「スカーフェイス」で当時の暴力表現の極北を目指したパチーノが「フェイク」でも言及しているように、暴力世界は人間の“動物ドキュメンタリー”的世界としての親和性を持ち、その映画化はポルノグラフィーと対をなす人間描写の象徴でもある。また、一応舞台は説明を省くことで浮き上がる突発的な暴力描写や心象風景が似合うオーストラリアにはなっているが、結局「復讐は世の習いとして必ず仕仰せなければならない」という胸のすく価値観において、背景となる弱肉強食の世界は一緒なのだった。だから、始め主人公のあまりの間抜け面に騙されるが、犯罪と血の因縁がもたらす帰属意識との相克という点では、「ロンリー・ブラッド」と大して変わりはない。それだけに最近の映画としては新鮮に見えるかも知れないけどね。   


 一観客として「J・エドガー」へ。もちろん脚本家が同じという点で、「ミルク」の反対側にいた同質の人間というテーマに見えてくるのだが、老いたゲイの関係という意味では話が後半に進むに従って、「ミリオンダラー・ベイビー」でのイーストウッドモーガン・フリーマンの関係に継続したテーマも見えて来るはず。しかも描かれるエピックとしては、「パブリック・エネミーズ」のさらに掘り下げた背景でもあり、この主人公が陰の主役でもあった「アンダーワールドUSA」の裏面を補完する内容でもある。それは今もアメリカに無自覚に引きずられたままの愚かな日本的には興味を抱きにくいかも知れないが、国を歪めたマッチョの屈折した実像(アメリカ)そのものだ。ただし、老後のナオミ・ワッツが妙に粉っぽかったり、“ヨイヨイ”になったフーバーのパートナーが“犬神佐清”っぽく見えたりと、メイクに無理があるところは笑ってしまうので注意。それでも「ウォッチメン」→「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」方式(特殊メイクやCG合成の多用)や、「ニクソン」→「フロスト×ニクソン」方式(俳優のカリスマ性に依存)のハイブリッドを追求した、“大統領映画”の新種でもある。ちなみにリンドバーグを演じた役者に激しいデジャヴを感じたが、よく考えたら「ステルス」の主役なのだった。しかし一番の収穫は懐かしのリー・トンプソンの登場であって、変わらぬ美しさに激しく欲情したのだった。


 一観客として「ポエトリー アグネスの詩」へ。依然として絵画のような作家性を持った素晴らしいイ・チャンドン作品(きれいな絵だけが絵とは限らない。眺めている画面からあらゆるドラマが浮かび上がってくるのが真の傑作絵画)である。辛酸を舐めているのにキレイキレイな鈍感さしか持ち得ない、いわば貧乏なブッシュの母のようなババアが、その身に降りかかる災難によってようやく、芸術を血肉としていく過程が描かれている。だが、その芸術性の発露する詩、それが書けないと悩むというのは、心が解放された育ち方をしていない一定の世代や、鈍感な環境に育った奇特な人間の負っている宿痾なのだ。実際、このくらいの年齢で価値観が固まっているババア・ジジイはこんな極端な目に遭っても価値観が変わるとは思えないほど頑迷なのは言うまでもない。人間は通常、誰もが詩人であり哲学者であるからこそ、これを生業としていくのが難しいのだが、その領域にもたどり着けない憐れな現状を痛感させられるほど、静謐さと誠実さに溢れているが、行間だけで作られたといっても過言ではないこの作風自体がそもそも詩である。しかもそれは、従来の作品を体系づけて鑑賞すれば、(“ヨイヨイ”のオヤジで蒸し返された“障害者の性”というテーマと併せて)監督の映画文法の到達点であるということも自明なのだ。それにしても、「オールド・ボーイ」然り、真っ黒に日焼けしたパク・ミョンシンは毎回ここまで韓国の地女のエロティシズムを体現しているんだろうね。 アメリカン・サイコ〈上〉 (角川文庫)アメリカン・サイコ〈下〉 (角川文庫)ラスト、コーション [DVD]アニマル・ファクトリーアニマル・ファクトリー [DVD]スカーフェイス [DVD]フェイク エクステンデッド・エディション(1枚組) [DVD]ロンリー・ブラッド [DVD]J・エドガー(レオナルド・ディカプリオ主演) [DVD]ミルク [DVD]ミリオンダラー・ベイビー [DVD]パブリック・エネミーズ [DVD]アンダーワールドUSA 上アンダーワールドUSA 下犬神家の一族 デジタル・リマスター版 [DVD]ウォッチメン スペシャル・エディション [DVD]トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン [DVD]ニクソン [DVD]フロスト×ニクソン [DVD]ステルス [DVD]オアシス [DVD]オールド・ボーイ スタンダード・エディション [DVD]