狂気の意識の流れ、その筆録。

 いつもの無意味な彷徨、不毛の独歩。その課程で湧いた思念を書き留める。全ては、俺が機械となるために。俺の意識が、機械に乗り移るように。以下、その結果・・・。

 生まれては死んでいく流れに、乗せられちまっている。一人ひとりが、水の分子の一粒みたいな激流。全ての感傷は無意味とされ、殴りつけられる様に流されていくしかない。知らないうちに追い立てられ、気付かぬうちに淘汰されていく。流れに押しつぶされて。俺たちも、家畜と何ら変わらないってことさ。

 確実な、クローネンバーグ的妄想。「いつも何かと闘っているような人でした」松田優作、遺族の証言。
 死因、癌。
 別に優作さんに限ったことでもないし、どいつもこいつも、その闘い方のキレイ、汚いに差はあれど、闘っていることは解っている。だが同時に闘わなくても生きて行ける、痛みを感じなくても善人面して生きて行ける、そんな奴らを容認している世の中であることも、誰も言い訳できないだろう?
 そんな世の中である限りは、ちっとも古代から進歩していない、弱肉強食のままってことなのに。
 まぁ、優作さんみたいに、俺自身をそんな風になぞらえるつもりもないが、何かと闘っている奴は、その情念が体内に蓄積して、腫瘍をつくる、つまりその闘いのストレスが体内に実体化するんじゃないか、ってことは容易に想像できる。それが要するにクローネンバーグ的ってことだ。実際の偉い医者も同じ様な事を言っている奴はいるだろう。だがそいつらがどんな御託を並べても、クローネンバーグが「ザ・ブルード/怒りのメタファー」(及び他の諸作品)で描いたようなビジュアルの猛烈な説得力には勝てない。
 俺を襲ったこの奇禍に、親たちは「忘れろ」と言った。だが厳密に「忘れる」ことなんか可能なわけがない。脳のメモリーはそれを能動的に消去する機能をもたないのだから。
 消去できない限り、忘却を待つしかない。もしくは、新しい何かでそれを覆ってしまうしか。でもそれも叶わぬなら、怒りのメタファーと、忘却のデッドヒートが脳内で絶えず繰り返され、どっちの勝ち負けかによってこの個体の命運は決まるだろう。そして、忘却なんて悠長な概念は、怒りのメタファー、即ちキャンサー、癌に敗北する気がする。それだけ「無意識の自殺因子」(=癌=怒り)の成長速度は強烈だ。
 しかも、俺にできるのは我慢だけだ。そして、我慢しているだけである限りは、いつか絶対に限界は訪れる。それだけのストレス/トラウマに、人間が対処(勝利)した事例を知らないし、優作さんの実例は、遠からず俺をも襲う気がする。願わくは、それによって生まれた新しきものが、その根本(原因)を俺に代わって駆逐してくれることを。怒りのメタファーが妄念となって俺を滅ぼした後も生き残らないように、その願いを果たしてくれ。擬態を強いられている今に、望むのは、それだけだ。

 完全な映画、というものには、一生に一度、出会えるか出会えないかだろう。自分で全てをコントロールして、自分の作品を作らない限りは。別におれはそれを、ハナっから諦めている訳じゃない。表現したい圧倒的なビジュアルは、人生に焼きつけたいのであって、俺はそれをフィルムに焼きつけたいという衝動を感じないからだ。
 ならば実存的に生きることを選択すれば良さそうなものだが、そのチャンスは徹底的に奪われてしまっているからな。心のないまま、ここまで生きられているのが不思議なくらいだ。もっとも、それが俺に何かをさせようという力がどこかで働いているからなのかも知れないが。
 もしそれがその通りなら、俺が信じるべきもの、(それは信仰でも心でもない。いずれも信じることは拒絶された。または、拒絶した)唯一残された奇跡であるならば、俺はそれを依り処に、まだ少しは生きていけそうな気もする。
 だが同時に、俺がこうして生きているのが、そんなものによってではないことも、薄々分かっているつもりだ。それは単なる親の「情」で、ということだ。
 そもそも幸福というのは、そいつがそいつらしく生きて、死ぬことだ。人生の長短の問題ではない。そいつらしく生きることも奪われて、漫然と生き永らえることでは断じてない。そんなものは見せかけの幸福な人生だ。
 親の情というのは、平時にはただ単に有り難いだけのものかも知れないが、一朝ことが起きれば、途端に子にそんな、見せかけの幸福な人生を強いるようにできている。
 つまり、親のエゴが噴出してくるのだ。情は理屈や筋なんてものを軽々とフライングしちまう。PCにおける緊急ロックのようなものだ。そして俺のそんな状態も、ロックしたまま四年ほど経とうとしている。だから、俺は俺にできる唯一のこと、自分に合った完全な映画を求め、観続けるしかない。今のところの完全は、「ワイルド・アット・ハート」&「ファイト・クラブ」ってことだ。ザ・ブルード/怒りのメタファー [DVD]ワイルド・アット・ハート スペシャル・エディション [DVD]ファイト・クラブ スペシャル・エディション [DVD]