修羅のみち、というにはほど遠い。

 今月は目欲しいモノがなかったので、映画の日は二本だけ行ってきた。

 というわけで一本目は「クラッシュ」。「ミリオンダラー・ベイビー」でその存在感を見せつけた、脚本家ポール・ハギスの監督デビュー作。このタイトルだと俺はどうしてもパンクバンドや、クローネンバーグ作品の印象が強くて、評価が甘くなってしまいそうだが、それらのものとは全然違い、監督、即ち脚本家の人間洞察の深さを思い知らされることになった衝撃的な作品だった。
 ロスにおける、交通事故を媒介とした、人種階層様々に入り乱れた人々の人生の交錯。この作品を一言で言うとその一言に集約されるだろう。ただ、そのシナリオ設計や甘さを極力排除した物語に、ひたすら打ちのめされてしまった。
 それだけならまだしも、物語を展開するのが、本作でアカデミー賞ノミネートのマット・ディロンや、いつもの哀愁漂うドン・チードル、心底イヤな女を演じて同情の余地がないサンドラ・ブロックキチガイギリギリのサンディ・ニュートンなど、日本ではその価値があまり強調されないであろう豪華なキャスティングによる、濃すぎるアンサンブルなのだ。
 これは俺にとってこの上なく贅沢であり、物語からどうしても目が離せなくなる力になってくれた。それはおいても、人間にはそれぞれ事情があるし、完全な悪、完全な善もなく、結局のところ、人はどこで繋がっているか分からない上に、「良きにつけ悪しきにつけ誰かと繋がっていたい」という監督の願いが強く反映されている気がした。
 でもそれだけではなく、今こうした脚本が書かれると言うことは、ロスにしても、アメリカにしても、それが実現していないし、人々のその認識が薄い為なのかも知れないとも思ったわけだ。
 それにしても、これがアメリカの保守的なクソ団体による「最も不謹慎な映画」に選定されたのは非常に好ましい。それはひいては、保守団体など、真のストリートで起きている差別、貧困、その荒々しいリアリティ(そして、ささやかな幸せ)などから目を背けようとしている弱々しいものであることを認めているに過ぎないからだ。

 そして次に「ジャーヘッド」。気にはなっていたけどなかなか行く機会がなく、今回ようやく行くことが出来た。俺は海外版の予告編を目にしたとき、イラク戦争の早すぎる映画化と思っていたが、それは早合点で、湾岸戦争に赴いた海兵隊の一兵士による手記の映画化だった。
 戦争が終わるまで結局誰も殺すことなく、気がついたら戦争自体が終わっていた、みたいなブラックな感じは、実際のオリバー・スト−ンも体験した現実としても、もっと「スリー・キングス」みたいにふざけたものだと思っていただけに、観てみると意外と真面目で、センチメンタルな作品であることに驚かされた。
 それでも、ひたすらヒマな待機生活(訓練とセンズリばっか)、入隊直後の「フルメタル・ジャケット」的な洗礼(「ジジイのファックの方がまだ気合いが入ってる!」みたいな、詩的極まりない罵倒)、出陣前にみんなで「地獄の黙示録」を観て盛り上がるところなど、オフビートに笑えるところは多々あって健闘。 
 特に後半は一兵士でなければ絶対に体験できない光景をスペクタクルで見せ、それぞれの仲間の退役後もキッチリ見せる丁寧さだ。そんな通常の人生では見られない光景を当事者として見られただけでも、貴重な人生経験だったろう。やっぱ海兵隊モノはいいね。
 そこで感じたのは、結局彼らが戻っても、命のやりとりが直接はない戦場に戻った、という感想だけだ。生き延びる奴もいれば、死ぬ奴だっているんだ。我々だってそうした直接的なことを回避した、より劣悪な戦場にいる。そう、つまるところ、どこだって弱肉強食の戦場なのだ。服装だの、ツラの見てくれだのだけにコントロールされて、管理され、搾取されていることに全く気づかない奴はむざむざ死んでいくのだ。その思いを新たにした。

 じゃ、最近読んだ本のひとつ位も書いておこうか。
 D・E・ウェストレイク著「聖なる怪物」は、前からウェストレイクに関して思っていたけど、単なるミステリーじゃん。ノワールではない。でもその安っぽさ、でっち上げ感はパルプではある。そのくだらなさ、肩すかしは多分にあるが、ワンアイディアで話を作るのは退屈だよ。最後の数ページだけ犯罪小説だなんて。チャールズ・ウィルフォード「炎に消えた名画」を思い出したね。
 「斧」は若干あらすじがそそったけど、やはりダメだった。「鉤」はあらすじの陳腐さでアウト。そして今回も、見かけ倒しそのもの。別ペンネームのリチャード・スタークで展開している「悪党パーカー」シリーズは及第点だが、やっぱりノワールではないのかも知れない。
 所詮、「このミステリーがすごい!」なんかで評価されているわけだからな。俺がバカだった。言ってんだろ、「ミステリーなんか糞食らえ!」(byジェイムズ・エルロイ)って。俺的に付け加えるなら、冒険だって糞食らえだ。必要なものはリアルだけ。そこから目を逸らしている奴らを、息抜きのつもりで読んでいる奴らを、思いっきりぶん殴って欲しいだけ。 ミリオンダラー・ベイビー 3-Disc アワード・エディション [DVD]スリー・キングス 特別版 [DVD]フルメタル・ジャケット [DVD]地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]聖なる怪物 (文春文庫)炎に消えた名画(アート) (扶桑社ミステリー)斧 (文春文庫)