本のことも書いとかないと。

 って、別に義務感に駆られているわけじゃないけど。誰かに見せるよりも、俺の記録だからね。このままでは野垂れ死には確実なので。
 そこで読んだのは、マクシム・ジャクボヴスキー著「キスしたいのはおまえだけ」結論から言って、いいよ。手放しではないけど。ノワールにしては露骨な性描写が多すぎる。そして、その一つひとつに俺は欲情した。もっと言えば勃起したのだ。ということは殆どエロ小説の趣があるんだが、登場人物が異常であるだけでなく、その背景にある切り離せない哀しみ、そこまでもキッチリ描いているところが違うんだ。別にこの作家の事なんてろくに知らないし、それが資質として優れていると言うことの判断材料になるとは思わないけど、そこに表現されていることの優劣に関してはちゃんと評価したい。
 正直、エロ描写目当ての奴にはその哀しみはウザいだけだろうし、その哀しみを込めることをどうしても譲れなかったのは、作者の表現したいことが正しくそこにあるからなんだと思う。その意味では、これもノワールなのかも知れない。
 単純にトラブル体質の女っているじゃん?そういう奴の心理も克明に描いてある。それが本作のヒロインなんだけど、俺もそういう腐れ女、知ってるよ。イヤと言うほどな。
 責任もとれないくせに偽善で行き倒れを助けてトラブルに巻き込まれたり、深夜普通に歩いて(いるつもりで)いても、「うるさい!」と沿道の住人から水ぶっかけられたり、帰りが遅くなれば、付近を流している頭のおかしい男どもに、危機意識がないために拉致されそうになる。
 さらに付き合っている男の友人から犯されそうになったり、便所に入れば通気口に隠れていた変質者に襲われる。って要するにキチガイなんだけど、そんな女のリアリティは身近に分かる。でもそんなもの、理解する気なんて毛頭ないけどな。トラブルなんぞ撥ねつけるのは、自らの危機意識で、責任能力の有無なんだ。それは精神的なバリアーの差だとも言える。それは愛するものを傷つけない気持ちの強さだ。その想像力が現実の強さを生む。単に魅力的な女だからといって、みんながみんな、そういう目にあっているとは限らないから。極論すれば、そいつのせいだ。そしてそういう女に限って、法に訴えて闘う気概なんてものは持ち合わせてはいない。だから繰り返される。

 あとは、毎日新聞社会部編「破滅−梅川昭美の三十年」読了。これは危険な本だ。誰にとって、って、もちろん俺にだが。
 この本の存在は前から知っていて、俺が「犯罪地獄変」執筆時に、本書のテーマとなっている「大阪・三菱銀行籠城事件」を扱うことになった共著者の植地毅さんが資料としていたからだ。いつか読もうと思っていたが、安く手に入ったので爆読。新聞記者、しかも複数人で書いている本ながら、文章が堅苦しくなく、それが一貫している。その上、この事件の犯人、梅川の心情をも描き出し(共感もある程度させ)ているというのは単純に凄く危険だと思う。
 それは、本書が憶測などには頼らない、事実の積み重ねであることの証左でもあるとは思うのだが。そして「TATTOO(刺青)あり」という事件の三年後という驚くべきスピードで作られた実録映画が、本書に驚くほど忠実に映画化(もちろんクレジット有で)している事に驚いた。俺はこの事件、いや結果的には六人もの人間の命を奪った梅川を肯定しているわけでは全然ない。
 ただ、孤独な人間、絶望的に客観性を欠いた人間が陥るひとつの結果を描いているが故に、自分にもその可能性の萌芽が絶無であるとは言い切れないために、どうしようもなく気になるのだ。それは、大藪春彦を愛読し、自宅でひたすら筋トレに励む梅川に、かつての自分を見ているからかも知れない。
 そしてその姿は、実在の事件を下敷きにしている「タクシードライバー」のトラヴィス・ビックルの姿とピタリと重なる。梅川は少年時代に強盗殺人を犯しているが、トラヴィスもまたヴェトナム帰りの殺人者なのだ。もちろん、戦争で人を殺すのと犯罪で殺すのは全然事情が違うが、そうした一線を越えてしまった人間が時折抱えてしまうであろう、社会における鬱屈というものがよく分かる。もちろん、戦争にしろ犯罪にしろ、見事に更生・または社会復帰している人は多数いるわけで、これが全部には決して当てはまらない。それは付録にある梅川少年の精神鑑定結果を見ても明らかだ。
 ただ、このケースは、孤独や鬱屈が人にどういった結果をもたらすのか、というひとつの極端な結果として、人ごとには出来ない。恐怖や嫌悪感を抱くのは簡単だ。でも、それは気づかなくても社会の病巣、己の暗部を野放しにすることなんだ。それは明日着ていく服や、夕べのテレビの話題を友人でもない奴と話して盛り上がること、みたいなクソみたいなことを考えるより、それは大事なことなんだよ!と、一応分かりやすく言っておく。キスしたいのはおまえだけ (扶桑社ミステリー)破滅―梅川昭美の三十年 (幻冬舎アウトロー文庫)犯罪地獄変TATTOO「刺青」あり [DVD]タクシードライバー コレクターズ・エディション [DVD]