アート、映画、文学の陶酔。

 先日は銀座スパンアートギャラリーで開催されていた「佐伯俊男個展」へ。今回はデビュー当初の70年代作品を中心に編んだ画集「佐伯俊男70」の出版記念と言うことらしい。一点モノのイラストより、連作や漫画っぽい作品の方が、俺的にはやっぱワイセツでいいね。でも今回は昔の作品中心だったから、線が太く、構図もダイナミックさだけが前面に出ており、最近の緻密でより淫靡なタッチの作品が拝めなかったのは残念。観賞していて陶酔できるという点では、前回の個展の方が上だった。Tシャツ始め、グッズも今回はなかった感じ。でも三上寛三上寛の世界」の詳細なジャケ展示(名曲「夢は夜ひらく」「小便だらけの湖」収録アルバム)がしてあって、改めて三上寛のアナログ盤は集めたくなったね。

 そして試写は配給会社のエス・ピー・オーさんのご招待でジャッキー・チェンの最新プロデュース作、「ドラゴン・プロジェクト」へ。原題は「精武家庭」!もちろん「ドラゴン怒りの鉄拳」(原題:精武門)への最大限の敬意を込めたタイトルだ。さらには英題が「HOUSE of FURY」(「〜怒りの鉄拳」の英題は「FIST of FURY」)。ここまで神経を使っているセンスには脱帽だ。「SPIRIT」の時も若干言及したが、曲がりなりにも「精武〜」の名を冠している作品故に、そのアクションセンスには文句なし。それだけではなく、娯楽作品としての質が徹底している。これは「SPIRIT」に次ぐ(本国ではこっちの方が早い)、ブルース・リーへの現代からの回答だ。
 だが何よりも重要なのは、「八仙飯店之人肉饅頭」を筆頭に、枚挙に暇がない大活躍を魅せる、香港の超・性格俳優アンソニー・ウォンが実質主演という点。「ザ・ミッション」や「インファナル・アフェア」で、“渋い”アンソニーは見てきたが、長年リスペクトし続けてきたこの俺にしても、今回ばかりは驚いた。こんなにカッコいいアンソニーは見た事がないからだ。それだけでも必見ではある。だが、それと同時に、ジョシー・ホーが美しく映ってりゃそれでいい、というのも偽らざる気持ちだ。それに関しても本作は完璧で、彼女の前に跪きたくなる。
 しいて苦言を呈するなら、香港版ポスターに登場していたマイケル・ウォンの手甲鉤姿が、一切登場する場面がなかったのが勿体ない。

 先日の読書の口直しに、本はエルモア・レナード著「五万二千ドルの罠」読了。前に「レナードは話の転がりが遅い(さりげない)」、って書いたけど、これに関してはレナードが現代犯罪小説に開眼して、初めて評価された作品なだけあって、ひたすらアッパー。導入部からグイグイ引っ張って、ダレ場も一切なし。といってもあくまでもレナード的なレベルでの話だが、持ち味の悪党どもの与太話も少なめで、手口も心なしかえげつなく思える。悪に対して、警察を当てにせず対抗する男の物語。そういう点では今回もウェスタン色は濃厚で、「ミスター・マジェスティック」みたいに、チャールズ・ブロンソン主演で映画になっても違和感のない男臭さ。片が着いたらいきなり終わる、香港映画みたいな小気味良さも、先日読了した「追われる男」以上だ。そして、エルロイの余韻とも対極。
 ま、それは別にしても、本作みたいな話は、武士がいない国にもかかわらず、アメリカ人のメンタリティには「正義は己の手で実行する」みたいな精神が息づいているし、さらには好まれていることのいい例だろう。日本人の目に触れることは極めて少ないが、パルプで大量生産されている西部劇小説も、こうした物語の類型を外れることはないはずだ。警察への本質的な不信は、合衆国の起源に遡るだけにその徹底ぶりは頼もしい。だが、それゆえアメリカは現在に至るまで、巨大な暴力装置としての姿を維持しているのだ、とも言える。
 そしてこうした姿勢の人間に、俺が大きな共感を寄せるのは、実際に理屈抜きの悪が襲いかかってくる局面に遭った時、警察力しか当てにできねぇ、いや、それにすら頼ることもせずに餌食になる、卑俗極まりない人間のひとりだからなのかも知れない。気付かずとも、俺の本当の姿は、最も憎んでいる人類そのものなのかも知れない・・・。
 な〜んて、揺れるつもりもないが、俺もいつか死ぬ、紛れもない“生命”である事には間違いがないみたいだからな。葛藤は、感じたことは素直に吐き出しておくよ。佐伯俊男70ベスト・アルバムドラゴン怒りの鉄拳 デジタル・リマスター版 [DVD]八仙飯店之人肉饅頭 BOX [DVD]ザ・ミッション 非情の掟 [DVD]インファナル・アフェア トリロジーBOX [DVD]五万二千ドルの罠 (ハヤカワ・ミステリ文庫)ミスター・マジェスティック (文春文庫)マジェスティック [DVD]追われる男 (文春文庫)