バンコク旅行記、その二。

 スケジュールに組まれていたイベントとして、ニューハーフショーとタイ式マッサージがあった一日こそが、自由行動以外で俺が楽しみにしていたものかも知れない。
 ニューハーフショーを売りにしている建物の前で、路上を悠々と歩く、もの凄くデカいゴキブリを見たが、旅先ゆえそれほどパニックにはならなかった。
 飯の時間にやっていた、前座みたいな民族舞踊と劇は、誰も気を入れて観ているヤツがいなかった。おまけに俺に出されたトム・ヤム・クンには、しっかり煮しめられた長い髪の毛が入っていた。食事も程々に場所を移動して、ニューハーフショー専用のステージへ。
 ショーを通して観た感じでは、期待していた程のいかがわしさもなく、ごくストレートに娯楽色を重視したステージで、それも日本人受けするように作られていたのが、情けなくも少し哀しかった。
 そう一瞬思ったが考えを改める。彼女達は物凄く純粋な存在だ。無垢ではないが、ただ美しければよく、その志向性において純度が極めて高い。美しくあって男のカネを搾取して養われたいとか、カッコよくなって女とヤりたいとかの、邪心がないんだ。ただ、美しくありたいだけ。その先の何物をも期待せず、男の身体に産まれついてしまった現実と格闘し、美を希求する。その姿にはチャック・パラニュークが、「インヴィジブル・モンスターズ」で提示した思想と同種の崇高さを感じる。不完全であるがゆえの、ひたむきさ。不完全であることが、内的な革命に最も近い存在であることを感じた瞬間だった。日本人をカモってどんどん美の肥やしにすべし。
 それでも、一番人気だという、芸名・マツダセイコちゃんとの握手は、鼻が曲がるほど香水クサかったぜ。 
 さらに強行軍で、タイ式マッサージの店へ。もちろんトラディショナルで、両親と一緒にマッサージパーラーに行く筈はない。それにそんな時間もありゃしねぇ。じゃせめてキレイな娘を、と思ったが、俺に当たったのはブサイクなネーちゃん。でも力があり、渾身の力で、俺の全てを揉みほぐしてくれた。
 日常マッサージなど必要としない体にもかかわらず、特に脚を重点的に揉まれる二時間コースは相当キモチ良かった。滞っていた血液が、ドバッと脚に流れ込んで行くのを感じる。その未知の感覚の為か、両親と並んで揉まれているのに、図らずもボッキしてしまった…。そんなこと我関せずで揉み続けたネーちゃんには感謝する。アンタに欲情したわけじゃないからさ、失礼しました。
 それにしても、あんなにかいがいしく自分を揉んで貰えるとは、そこそこ可愛い娘相手なら、こいつ俺に惚れてんじゃないか?とアホな勘違いをする日本人がいてもおかしくねぇな…。などと、戻ったホテルで考えながら、明日の自由行動に備え、眠りについたのだった。
〜気が向いたら続く〜インヴィジブル・モンスターズ (ハヤカワ・ノヴェルズ)