卑怯者に告ぐ、人間の一分。

 毎度の映画の日、その二本目に行った「武士の一分」について、今回は特別に一回分割いて語ってみたい。
 山田洋次時代劇トリロジーの最終作であるこの作品は、物語が驚くほどストレート且つシンプルで、込められたメッセージの迷いのなさが胸を打つ、活劇というよりはドラマ性に重きをおいた作品だった。
 ドラマとはいっても、表面上は目につく為に、一般的に語り尽されるであろう、夫婦の愛情や、使用人との軽妙なやりとりはこの際抜きにして、最大のテーマを勝手に断言してしまおう。
 それは“恥を知る”ということ。即ち“卑怯”と言われて怒るということはどういうことか?についてである。
 今、果たしてこの国の人間で“卑怯”であることを罵られたどれだけの人間が本気で激怒するだろうか?どこからその数字出て来たんだ?と問われてしまうと困るが、恐らく十人に一人いるかいないか程度なのではないか。
 それはもちろん、“卑怯”という言葉の意味が、軽いものに変質してきているせいもあるだろうが、それだけではない。また、他の罵詈雑言によって激怒するヤツはいても“卑怯”という言葉自体ピンと来ないヤツも多いだろう。
 しかし本来は“卑怯”と罵られる以外に怒るべき言葉などなく、他の叱咤、罵倒、嘲りなど、全ては何も言われていないのと同じことである。
 ではなぜ“卑怯”という言葉にのみ生命懸けで反論しなければならないのか。また、なぜそういう反応をする人間がいるのか。それはそうした人間が、自分なりに正しく生きているつもりであり、そのただ一つを誇りとしている為である。
 “卑怯”という言葉は、その重んずるべき一つを完全に否定する。また、自分の中でも“恥”として認識していることを行いながら、なおかつそれに甘んじて、汚い生き方をしている、ということを指摘されることだ。
 だから当然、そういう生き方を甘んじてしている自覚のあるヤツは、別に怒ったりなどしないだろう。対して、自分は断じてそのような生き方をしていない、という絶対の自負を持っている人間ほど、その様な言葉を投げ掛けられれば怒るだろうし、本気の筈だ。
 しかし冷静に考えて、己が本当に指摘された通りの“卑怯”な行いをしていて、それを見失っていた場合それは完全に己の落ち度である。落ち度には責任を取らねばならない。そして、責任をとるからには、誰もが納得の行く解決法を見出さねばならない。
 こうした当然の思考回路を持ち合わせない、倫理観の不自由な人間の為にダラダラ書いているが、要するに、そうした事実に対して、武士だとか町人の別なく、また男女も超えて、人としてどう決着を着けるか?がこの物語では描かれている。
 現代は法律さえ破らなければ何をやっても良く、また破っていたとしてもバレなければ全てはOKの世の中で、あまつさえそれを奨励しているような風潮まで見受けられる始末だ。
 そんな中で己の絶対譲れぬ正義の為に、ムキタク(一応、「パンツの穴」の“ムキンポ君”風の表記にしておく)は「卑怯者!」と言い放つ。それは対峙している倒すべき敵に発せられていると同時に、恥を忘れた現代に生きる、我々観客にも投げ掛けられているのではないか。
 そして、その言葉に怒れるか否かで、自分が恥ずかしくない生き方をしていないかを考えるといい。俺は恥ずかしかったぜ。自分を振り返って、恥ずかしくていたたまれなくなるヤツもいるかも知れないが、もしそんな賢いヤツがいたとしたら、元々のうのうと生きてはいないだろうから、その場だけの一過性のもんだと思うな。
 おっと、作品に込められた精神性も大事だが、時代劇においては、もう一つの重要な骨格となる、アクションについても書いておこう。
 こちらもシンプルな物語に見あった直情型の殺陣で、戦いの舞台も全二作(「たそがれ清兵衛」では暗い室内、「隠し剣 鬼の爪」では狭い室内)と違い、解放感のある野外を選んでいる。
 しかもムキタクは盲目というハンデ、それに「座頭市」みたいな超人でもない。それだけに、というか、やはり私怨が絡んでいるだけあり、トリッキーなものでもなく、且つ居合的な、瞬間で勝負がついてしまうものでもなく、ちゃんと手数が組まれたものなので、主人公に感情移入がし易かったと思う。
 だが、リアルな時代劇バイオレンス描写が冴えていた前二作に対し、正直その度合いは下がっている。真剣使ったシーンもないし。ま、どうせジャニーズタレントに、時代劇には本来不可欠のエロとバイオレンスを求めるのは無理なので、その点に関しては端っから期待していない。
 しかし盲目から自暴自棄になり、身なりが乱れてくるなど、(この程度の汚れ具合でも)従来のムキタク的には、確実に限界突破、健闘しているとは言えるだろう。
 とは言っても、ムキタクのことそれほど知らねぇけど。パンツの穴 [DVD]たそがれ清兵衛 [DVD]隠し剣 鬼の爪 [DVD]座頭市(デジタルリマスター版) [DVD]