グランド・ゼロからのパノラマ、芥子粒のような事ども。

 やっと、殺せた。俺の中の因果を全て一通り断ち切った。あの女の残像について。要は絡み付いていた不本意なクソ仕事を断ち切ったという事だ。このアビリティはいつの間にか俺の中に根付き、肉と癒着してしまったが、元は女との生活を立て直すために緊急避難的にしがみついたものだ。居心地が良かったわけではない。それほど以前の状態に戻るのが怖かったのだ。だが既に女は切り離され、その呪いだけが残った。俺が仕事を断ち切っても、単に以前の状態に戻るわけではない。俺があの女との関係性で染み付いた全てを、これで全て洗い流せる事になる。最早しがみつくのも意味はない。重力にしたがって、俺の向かうべき方向へ。それは現時点では“無職”という餓鬼道・乞食道に堕ちることを意味するが、これでようやく俺は掛け値なしの俺に戻る事ができた。それは相変わらず良くないケツの状態と並べても喜ばしい事だ。肛門がここ数日は歓喜に血の涙を流している。こうして俺は極点に立ったことで、掛け値なしの俺から、さらに一歩踏み込んで、俺自身の自我を超えた生命の意味と向き合う作業が可能になった。それは元来俺が向き合わなければならないと考えてきた事だ。そこで何を得るか、自分自身を救う事ができるか、このままくたばるかといった、俺自身の変容も含めて、アンカットで記録していければいい。今はそれだけが目的だ。その間に、ケツや頭は治ればいいが、今心眼に見えるのは360度見渡す限りの荒野しかない。閉じ込められているのに。だからその観念で書き留めたものも、漏らさず記しておく。


 一観客として「ホット・ファズ/俺たちスーパーポリスメン!」へ。前作「ショーン・オブ・ザ・デッド」に続き、今回は豪快な刑事アクションに思い入れ強めの、ジャンル映画全体への愛と、鬱屈した田舎への憎しみが爆発した、エドガー・ライト作品。前作が細かいマニアックなネタは探せばいくらでもあるのに、普通に観てもストレートに楽しめる作品だったように、今回もその配慮はそこそこ行き届いており、かつ引用されるネタの幅広さ、深さには磨きがかかっていた。もちろんそれだけでも楽しめるのだが、作品全体を支配している、閉鎖的な田舎ノリへの根深い怒りが、言葉は通じるのに意味を理解してもらえない前半の不快感から、最終的に田舎の保守性を象徴するジジイ、ババアへのストレートな暴力として結実しているのが素晴らしい。俺は生まれも育ちも東京だが、それでもこうした排他性への怒りは非常に共感を持って理解できる。こうした怒りを抱いた人間にとって大傑作というだけでなく、表層的に引用しているネタ元が、テレビの洋画劇場で何度となく放映されているアクション大作中心という点だけでも、前作より門戸は広がった。あとは強いて言えば「わらの犬」を観ておけば、“イギリスの田舎での暴力”について深く共通しているだけに、より楽しめるとは思う。だが結末については、かなり無理があるんで深く考えない方がいい。まずは目の前にある暴力を堪能すべし。


 8月の映画の日、一本目は「テナイシャスD〜運命のピックをさがせ!」へ。こういう小規模でもバカ度の高い作品が劇場公開されるのは嬉しい限りだ。しかもロック観に一家言あるジャック・ブラックが、自身のロックデュオ名を冠しての主演なんだから、主張も純度が高くブレがない。ガキの相手をして王道かつザックリとしたロック観を披露した「スクール・オブ・ロック」の出演に、続編は進行中でも不満があったんだろう。よってギャグの質も暴力、マリファナ、下ネタ率が高まり、中年の無職バカ二人が、悪魔の力が宿った伝説のピックを探す冒険に出るのだ。やはり作り手のメッセージが純粋なほど金は集まらないもので、本作もその例に漏れず低予算ではあるが、パッと見分かるだけでもブラックの親父にミートローフ、少年時代のブラックの憧れとしてロニー・ジェイムス・ディオと友情出演は豪華だ。最後にロック対決する悪魔にフー・ファイターズのドラムも出演。彼は「Jackass」とか出てるから軽いけど、ミートローフは劇中で久々に歌ってるんだから「ファイト・クラブ」に匹敵する衝撃だ。また、ベン・スティラーの大作「Tropic Thunder」でもブラックは共演している為、師匠格のスティラーも当然出てるし、そのさらに師匠のティム・ロビンスも出てるんで、低予算でも人脈をフルに生かし、内容に反して努力と友情が垣間見える。


 8月の映画の日、二本目は「屋敷女」へ。ジャンキーからも立ち直ってきたのか、順当に出演しているベアトリス・ダルに期待していた。ただ、過剰な人間は出てくることはあっても、周囲からの共感を完全に拒絶した存在ではなかったために、彼女の役もキチガイとは言えない。子供への執着を持つ女なら、この程度のエゴは普通に持っているし、これを狂気だというなら、そもそも女などみんな狂っていると言っていい。「ベティ・ブルー」も子供に執着する事でさらに一段階先の狂気に陥るが、子供は先天的な狂気を開花させるための触媒でしかなかった。ゆえに超えられない。だが作品自体は、ランニング・タイムもコンパクトな中に、あらゆる血みどろ暴力描写の詰った、大変景気のいいスプラッター映画なのでなかなか感心。現在、フランスで試みられているゴア・エフェクトのショーケースのような作品で、刃物や銃、そして炎などが人体を如何に損壊するかをじっくり描写してくれる。白眉は後ろから発射された銃で刑事の頭が半分吹き飛ぶシーンで、実際同様の目にあった人間の死体写真を見たことがあるが、そうした医学的見地からもリアリティのある暴力を追求している。そして、過去の写真の中でしか笑顔を見せない、ヒロインのアリソン・パラディ。氷のような諦念が沈み込んだ彼女の表情こそが、この作品の芸術全てを担っていると言い切ってもいい。彼女を通して一つの“世界への見方”を提示した作り手のメッセージと受け止めたい。


 8月の映画の日、三本目は「ぐるりのこと。」へ。前作「ハッシュ!」がかなりの出来だったんで、満を持しての新作に珍しく邦画に行く気になった。そして実際に観て驚いたのは、ゲイ映画が得意分野だった橋口監督が、普通の男女を描いたという事以上に、これが実録殺人映画の側面を持っていたことである。法廷画家とその妻という特殊な設定を物語にしたのは、その夫婦の十年程度の歩みを見せるのと同時に、日本が現在のようにおかしくなっていく過程をその変動の象徴(凶悪事件)とその帰結(裁判)と共に描く必要があるためで、かつ夫婦間の静かでも大変に劇的な変遷も蔑ろになっていないとこが圧巻。浮き草のようだった夫は法廷画家の職を得た事でどんどんまともになって行き、几帳面な妻は子供を無くした事からどんどん病んで行く。これがリアルなのは監督自身の鬱体験の投影と、本格演技者としてのリリー・フランキーの起用という、硬軟取り混ぜた計算が合致した結果だ。大事件に挟まれ、私生活では穏やかに見えつつも風雪に耐えて過ごす二人の姿は、独りではないから出来得る事なんだとしみじみ思い知る。ある意味独りが極まったが故に他者に危害をなした重要事件の犯人たちといい対比であり、鬱でも喧嘩しても、人と繋がって静かに生き抜く二人を見せる事が、監督流の事件への見事な断罪となっている。しかも宮崎勤処刑直後の観賞で、演じる加瀬亮は余計に生々しかったが、法廷に立つ犯人や関係者も隠れキャラのように名優揃いで、特に現代に通じる狂気を象徴する、宅間守を頂点として気が抜けない。ただ、出演者に珍奇な面々を揃えたい監督の努力は覗えるが、日本映画で見かける顔は、今や本当に限定されていると痛感。それでも寺田農のグッドジョブは周囲を圧倒しているので大満足。


 一観客として「シティ・オブ・メン」へ。公開当時は、限りなく陽気で無慈悲さに磨きがかかった、ブラジル版「仁義なき戦い/広島死闘編」として、日本人には受け止められた「シティ・オブ・ゴッド」だが、あれは作品単体で語られている情報量と視点、時間的な壮大さが世界的に高評価を得たポイントだ。だから「仁義〜」と同じようにあれこれ変形させられて続けられても、日本では裏原宿シノギになるかも知れんが、世界的にはもう既にドラマ版とかやる時点で飽きられつつあるので、オリジナルの監督が本作のプロデュースをしても、もうダメ押し、「その後の仁義なき戦い」扱いである。現に作品は現代が舞台という時点で出涸らしだったし、テーマとなる友情と因縁の相克、父親の不在といったテーマは、「〜ゴッド」のように大きな時間軸で語られるから重厚なんであって、さほど長くもない尺で現在のスラムの抗争を見せられても、志向しているものが“やる気のない”Vシネと同じレベルなのだ。“やる気のある”Vシネには必ず創意工夫があるが、これにはそうしたものがもう見受けられない。もう「〜ゴッド」と抱き合わせの商売はいいや。むしろまったく視点を変えた、オリジナルの脚本家による「Elite Squad」に期待したい。本作でもほのかに描かれていた、権力側の暴虐をもっと突っ込んで描いていそうで、日本では恐らくまた抱き合わせになるにしても、ブラジル版「県警対組織暴力」くらいには位置づけられるかも知れない。


 パンドラさんにご招待いただき、「さくらんぼ 母ときた道」試写へ。シナリオが「初恋のきた道」と同じ脚本家だが、監督が違えば描いている物語も似ているようで全く違う。「初恋〜」は現代からの回想部分だけがカラー(見せ場)で、見ようによってはメッセージ的な現代パートを“なかった事”と受け止める事もできるので、可憐だとか、純粋だとかの、外側からのノスタルジックな視点だけで観ることも可能で、実際その点ばかりを評価しているものが多い。だがこちらは一見親子のドメスティックな感情を喚起するように見せながら、人間という以外に共通点のない他者が、家族として共存していくさまが次第に明らかになっていく。映画は回想形式であることをあまり強調していないが、かつてはそうした情によって血縁も超える人間関係が成立する時代もあった、という強いメッセージだ。日本人には分かりにくいが、日本に在住しているという監督だからこそ、現代の中国が失ったものがはっきりと見えているに違いない。戦後間もない頃を描いた邦画が日本人の琴線に訴えるように、本作も、中国人に、「高度成長に足許を見失うなよ!」という力強い励ましが受け取れる。ホット・ファズ~俺たちスーパーポリスメン!~ [DVD]ショーン・オブ・ザ・デッド (ユニバーサル・セレクション2008年第12弾)【初回生産限定】 [DVD]わらの犬 [DVD]スクール・オブ・ロック スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]ジャッカス・ザ・ムービー 日本特別版 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]ファイト・クラブ 新生アルティメット・エディション [DVD]ベティ・ブルー インテグラル リニューアル完全版 [DVD]ハッシュ! [DVD]シティ・オブ・ゴッド【廉価版2500円】 [DVD]仁義なき戦い 広島死闘篇 [DVD]県警対組織暴力 [DVD]初恋のきた道 [DVD]