自分が何者か問う日々の割れ目に現れた記憶。

 一応切れ目なく走り回ってきた人生だが、一応初の失業者となった時間を過ごしている。まぁ物書きは開業中だが、失業者というべきか無職というべきか、こういう時の自身の呼称をどうすべきなのか俺も知らんが、誰に聞いても知ってるもんでもないだろう。
 俺には失業して久しぶりに思い出した事として、小学生の時近所にいた、仕事をせずブラブラしてるおっさんについての記憶がある。思えば今の俺と同じくらいの年齢だったんではないだろうか。そのおっさんはブラブラしちゃ、近所の小学生にちょっかいを出し、「俺とジャンケンして勝ったらこのバナナをやるから、負けたら俺に一発殴らせろ」とか言っては真っ黒なバナナを差し出すのだ。近所の商店街でキレている姿も度々目撃した。要するにいろんな意味で地域の有名人だったわけだ。
 俺はそのジャンケンに応じた事はないが、そのおっさんの顔を見てある点が気になってしょうがなかった。それは、小学校の同学年だった、母子家庭で育つZ君に激似であったことだが、Z君とは大して友達でも何でもないので、Z君本人にもその事を質すこともないまましばらく経つ事になったが、自然と俺の疑問に答えはもたらされた。
 同居していたというおっさんの父親が、おっさんが無職のままブラブラしている事に業を煮やし、おっさんを刺殺し、父親もまた自ら縊死してしまったのだ。当然、この出来事は報道され、学校で自動的におっさんの名前やら住所やらの情報の補足がされ、結果、おっさんはZ君の父親である事を知ったからだ。おっさんとZ君がすれ違うさまを一度だけ見たことがあるが、しきりに声をかけようとするおっさんを尻目に、真っ赤な顔して足早に通り過ぎて行った意味が子供ながらに分かった。
 特に俺の人生で重大な事でもないが、失業でもしなけりゃこの出来事は思い出さなかっただろうし、いつまでもこうしているつもりはないが、いつまでもこうしていれば俺も親に殺されるかも知れない。あるいは、殺されないかも知れない。
 つまりそんな想像さえ、仕事を辞めなければするはずもなかった事だし、脳内がそうした思考で波立つのは、全く何もない死んだ日々を送るよりは遥かにマシなので、この記憶をくれたおっさんには静かに感謝したい。今俺はちょっぴりおっさんに近い視点で世の中が見えているから、「どんな形であれ、あんたの事を思い出している人間はここにいますよ」と、おっさんには言いたい。加えて言えば、俺の場合、ガキには単純に興味がないので、もちろんおっさんに完全に同化する事は出来ない。
 まぁ今じゃ誰も事件を省みないだろうし、当時の事件現場も高級住宅地のそぶりをしているが、おっさんとその父親の、他人には窺い知れない軌跡も、「渋谷区立広尾児童遊園地」付近の土地が、確かに記憶しているはずだ。


 でも、映画は行く。


 一観客として「インクレディブル・ハルク」へ。アン・リーによる前作「ハルク」をなかった事にして、やはり非ハリウッドの人材ルイ・レテリエに撮らせた新生ハルクだが、前作以上にハルクのブサイク加減に磨きがかかった以外は、全てにおいて前作の不満点を解消している。ニューヨークのど真ん中で、敵の米軍超人兵士計画の失敗作・アボミネーションと激突するあたりは、図体のデカいバカ二人という点で「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」をモロに意識していて微笑ましい。さらに今回、バカはバカでも、ハルクはちゃんと喋るし、声を当てているのはチョイ役で特別出演もしてるルー・フェリグノだ。彼をリスペクトしていることからも、今回はドラマ版おなじみの展開を踏襲しており、孤独な逃亡者のブルース・バナーには、哀愁を感じるエドワード・ノートンが似合っている。よってドラマ同様その場の収集はついても、軍からの追跡は受け続ける苦いオチには覚悟が必要だ。さらにエンドロール後、日本では公開が逆になるが他の各MARVEL作品との合流を匂わせる描写があり、今回は良くても、今後の話がデカくなり過ぎないか、ちょっと心配だ。


 一観客として「落下の王国」へ。ダリやダミアン・ハーストのパクリと散々こきおろされた前作「ザ・セル」からブランクを置き、ターセムが自腹+フィンチャースパイク・ジョーンズの援助で完成させた二作目。重傷を負って捨て鉢になったスタントマンの青年が、自分は動けないんで同じ病院に入院しているガキをおとぎ話でコントロールし、自殺用のモルヒネを入手させようとする。だが所詮思いつきのおとぎ話は、ガキも巻き込んで、語り手自身も想像すらしない方向へどんどん暴走していく。そんなアウトラインはこの際おとぎ話の絵ヅラを映し出すための口実に過ぎない。しかも今回は自腹もあって、パクリと謗られる事を恐れず、堂々とオリジナルの絵ヅラの中にダリやホドロフスキーへのオマージュを紛れ込ませている。米版ポスター自体が既にダリなんだから、ダリ好きにもほどがあるし、そう疑いだすと全てがどこかで見たようなシーンの連続ともいえるが、結果的に全体を通して美しく撮れているんで、俺はこの“キレイに見えれば何やっても許される”という意味の唯美主義を支持する。だから物語の落とし所にも疑問を感じたが、キレイだったんだからしょうがない。


 一観客として「TOKYO!」へ。ミシェル・ゴンドリーレオス・カラックスポン・ジュノという個性的な面々が、東京をテーマに撮ったオムニバス作品だが、まずこれが題材として、なぜ今東京でなければならないのか、という点が観終わっても釈然としない。おそらくプロデューサーが日本人だから、という以外に殆ど理由はないだろうが、無理矢理でもいいからこのテーマにする必然性を設定して欲しかった。良くも悪くも極端な東京で、外国人監督の視点から、それぞれの東京への個性的な解釈を醸そうという試みだろうが、人選についてもクエスチョンが残って、あえてオムニバスにする上での統一感が見出せない。とりあえずゴンドリーとカラックスは、東京におけるフットワークの良い野外ロケの難しさに挑戦しているように見えるし、前者は藤谷文子の裸、後者はドニ・ラヴァンのチンポと、それぞれサービスなのかよく分からない収穫もある。しかし短編ながら「人っ子ひとりいない東京を撮る」というテーマで貫かれたポン監督の作品が突出している。日本人キャストの配置も絶妙で、蒼井優の起用も確信に満ちている。それでもやっぱり俯瞰だと、串の通ってない団子みたいな印象は拭えない。


 一観客として「フロンティア」へ。アレクサンドル・アジャの大出世を例に挙げるまでもなく、最近良質のスプラッタを量産するフランス謹製の一作。ザヴィエ・ジャン作品としてはハリウッド進出作の「ヒットマン」と公開が逆になったが、これを観ると現在は如何に去勢されちまったかよく分かると思う。それほど邪悪で嗜虐的な快作だが、気違いの食人一家が出て来る時点で「悪魔のいけにえ」であり、そいつらが経営する旅館という、「悪魔の沼」とか「地獄のモーテル」、果ては「ホステル」に見られる、アメリカ的ネタの合わせ技である。そこに一家がナチの残党を匂わせたり、大統領選直前の暴動から火事場泥棒を働いてきた、アラブ系を含む若者が餌食になったりと、ご当地風味+悪対悪の構図を期待していたが、設定は生かされていない。しかしこうした作品は描写が全てだと思うので、豚のクソ潜り、監禁ヒロイン丸坊主、アキレス腱切断とか、これが刃物だけなら嘘臭いが、銃器をふんだんに交えた暴力描写の数々は悪質でよろしい。結末も意外と読めるが、後半は本当に大流血に汚れていくヒロインも美しいし、せむしの女の子を始めとする、気違い一家の各キャラ立ちもいいんで、これは続編(前日談)があってもいいと思う。大満足。


 一観客として「幸せの1ページ」へ。映画界全体のネタ尽きのメリットがあるなら、児童文学の秀作が丁寧に映画化される機会が増えた事も挙げられるだろう。これも一見ファンタジーっぽいが、巧妙に子供専用風に作られた、大人の鑑賞にも堪えうる作品だ。やはり完全なお子様ランチはガキにも子供だましと分かるので、大人になれば別の登場人物の視点で楽しめるものこそ、優れた児童文学の条件といえる。少し前の「テラビシアにかける橋」も、ファンタジーに見えて実はロバート・パトリックらの力で辛口成長物語になっていたように、こちらはジョディ・フォスタージェラルド・バトラーの確かな演技に支えられ、絵空事に見える南国の秘密の島が、現実の延長線上に引き寄せられている。しかも激しい作り込み演技ではないので、子供の演技とも適度にかみ合っている。ただ、個人的には多重構造で現実と空想が侵食しあう物語と思ったんで、単に引きこもり作家のジョディが、助けを求める子供に応じて孤島に向かうだけでなく、彼女の幻想のヒーローと子供の父親を同一キャストにした必然性は欲しかった。それに原書と邦題を変えすぎると、子供客は期待できないと思うぞ。


 20世紀フォックスさんにご招待いただき、「X-ファイル:真実を求めて」試写へ。俺の海外ドラマへの姿勢だが、基本的に仕事でない限り観ない。それは日本と違い明確な完結を設けておらず、続けようとすればいくらでも続けられる物語に隙があるためだ。ただし、海外ドラマの映画化は、ドラマを観てなくても分かる作りであるか、気を持たせる終わり方をしてないか、つまり映画単体の完成度の確認にチェックしている。しかしやはり「X-ファイル」は、番組の終了からも前回の映画からも結構ブランクがあるため、物語となる事件の奇異さもあって、映画二作目の完成度は一線を画していた。さらに大きな流れで続いている、モルダーとスカリーの関係にも一つの決着がもたらされるので、ドラマ版のファンにもサービスを忘れていない。ちなみに物語で描かれる手術は、過去にバカSF「Mr.オセロマン」で行われた術式と同じだが、手術を表現する技術の進歩によりリアルに再現できている。また、その手術にまつわる陰謀を超能力で嗅ぎつける前科者の神父を、「ゾンビーノ」の“ファイド”役だったビリー・コノリーが演じており、素顔でそのアクの強さが堪能できたのは収穫だ。ASIN:B001D58WIIハルク (ユニバーサル・セレクション2008年第4弾) 【初回生産限定】 [DVD]超人ハルク~最後の闘い~ [DVD]フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ [DVD]ザ・セル デラックス版〈特別プレミアム版〉 [DVD]アレハンドロ・ホドロフスキー DVD デラックス BOXヒットマン 完全無修正版 [DVD]ハイテンション アンレイテッド・エディション [DVD]ヒルズ・ハブ・アイズ [DVD]悪魔のいけにえ スペシャル・エディション コンプリートBOX(3枚組) [DVD]テキサス・チェーンソー コレクターズ・エディション [DVD]テキサス・チェーンソー・ビギニング アンレイテッド・コレクターズ・エディション (初回限定生産) [DVD]悪魔の沼 デラックス・エディション [DVD]地獄のモーテル [DVD]ホステル 無修正版 [DVD]ホステル2 [DVD]秘密の島のニムテラビシアにかける橋<プレミアム・エディション(2枚組)> [DVD]X-ファイル ザ・ムービー<劇場版>スペシャル・エディション [DVD]Mr.オセロマン [VHS]ゾンビーノ デラックス版 [DVD]