せっかくだから黒く塗っておく。

 先日、「暗黒小説を読むと人生のつらさを一瞬忘れるんですよね〜」と、ある若者がのたまい、彼の意外な面を見た気がしたのだが、話を聞いてみると、暗黒小説とは言っても、要するに「不夜城」とそれにまつわる馳星周の作品しか読んでおらず、「馳星周作品=暗黒小説」とその若者は思っていたらしいのだ。俺、「不夜城」は、小説は恐らく面白いであろう事は分かるが、先に観た映画がヒドすぎて、そのうち…とは思っても未だに読む気が起きないし。
 そりゃ人生はつらいよ!でも俺が暗黒小説を研究する理由は、人生のつらさを一瞬忘れたいからでも何でもないんですけどね〜、実を言うと。だが、最初その一言を聞いたときは単純に嬉しくなってしまい、彼に自分の読書歴より抽出した「暗黒小説ベスト」を作成して送ってやったりなどしたのだが、若者は結局、単なる馳星周ファンだった。
 確かに馳星周の作品にはそうしたものが多いし、作品にて人間の暗黒を志向しようという明確な意志が感じられるが、全ての作品が暗黒小説とは言い切れないので、ブランド信仰をしてみても始まらない。
 ロックと名乗る全ての音楽がロックだとは言い切れないように、ロックでないとされるものの中にもロックなものは案外多かったりするように、自分の五感で探し、見極めなければそれは分からない。
 「古本屋や図書館には行かない」という若者には多分全部を手に取ることはできないだろうし、ひょっとして一冊も手に取ることはないかも知れないので、せっかくだからこの場で現時点の暗黒小説ベストを載せておこう。黒く塗られてみたことがなければ、試すのもいい。
 そして、結構オーソドックスな事は分かっているけど、実は、世間にもそのラインナップを、ちょっと問うてみたかったりもする。


『暗黒小説・俺ベスト』※順不同

・「死ぬほどいい女」ジム・トンプスン
  ダメ人間が女を口実に狂っていく、その視覚化。
  ※映画化「セリ・ノワール」は論外。


・「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ(新旧訳含め)
  初恋の幻影に振り回された犯罪者の、多重的な言い訳。
  ※映画化は絶対エイドリアン・ライン版。


・「郵便配達(夫)は(いつも)二度ベルを鳴らす」ジェームス・ケイン(新旧訳含め)
  ダメ人間が女を原動力に暴走する、混濁した内省。
  ※映画化は絶対ボブ・ラフェルソン版。


・「ストレートタイム」エドワード・バンカー
  更生という偽善に阻まれる前科者の、本気の恨み言。
  ※映画版は弱い。


・「ビッグ・ノーウェア」ジェイムズ・エルロイ
  極悪人の義侠心は自滅を招くことになる模範例。


・「転落の道標」ケント・ハリントン
  決して愛されないと悟れなかったボンボンの末路。


・「愛はいかがわしく」ジョン・リドリー
  現実を出し抜き、愛を信じかける敗者への報い。


・「漂流街」馳星周
  怒りしかない人間が、他の感情を錯覚するとこうなる。  
  ※映画版は別物。


・「凶手」アンドリュー・ヴァクス
  感情がない人殺しは、無感情こそ原動力と気付けない。


・「死にゆく者への祈り」ジャック・ヒギンズ
  絆は孤独を癒しはしないが、死ぬ価値は与えてくれる。
  ※映画版は忠実だが弱い。


            以上。
  

 だけど映画も、一応観ているつもりにだけはなっている。


 一観客として「リダクテッド 真実の価値」へ。ブライアン・デ・パルマにそれほど思い入れはないが、監督の暴力的な題材を求める志向性には共感を覚える。よって、実は彼の本来ならマニアックとされるような、映像的なこだわりやテクニックに関心はない。だからこそ「スカーフェイス」や、「カリートの道」を絶大に評価する(まぁ「カリート」での駅のシーンは映像テクニックの極みだが)。ただ本作ではその志向性を全面的に展開しつつ、映像的なテクニックも、まるでショーケースのように凝縮して披瀝しているから、切り離して語ることができない。題材的には過去の自作である「カジュアリティーズ」を敷衍しているにもかかわらず、カメラテクを駆使し、ドキュメント風に見せる事で、監督の持ち味は完全に融合しているのだ。従って映像の実験やヒッチコック的な憧憬ばかりが先走る過去の作品に散見される轍はあまり踏んでおらず、純粋に訴えたい主題だけが自然に浮き上がる。即ち、米兵による“旅の恥はかき捨て”的な出征地におけるメンタリティへの憤怒である。結局深刻そうに演出をつけた「カジュアリティーズ」より、今回の方が無名俳優で固め、客観的な記録映像の集積を装っている分、感情的ではないが陰惨さは強まっている。どんな角度からも、この戦争における大義のなさは隠せないのだ。


 一観客として「イーグル・アイ」へ。何かよく“スピルバーグの秘蔵っ子”って呼ばれるシャイア・ラブーフ。でもそれは目に触れる機会を主にスピに与えられているだけで、=好感度ではないし、不快感でもない。そんなものを“秘蔵”と呼ばせたいなら、少なくともスピは、ジョナサン・キーをもう一回呼び戻して再調教しろ。要するに監督・主演共に同じく「ディスタービア」の持つヒッチコック風味をより追求した同工異曲。スピも製作総指揮なので、「マイノリティ・リポート」風管理社会の警鐘や、キューブリックへ作品のオマージュも交え、そこそこ娯楽しているが、テーマ的には「エネミー・オブ・アメリカ」等に先を越されている。物語や演出的なネタに限らず、美術的にも「カンパニー・マン」等からの引用まであって、残念なことにオリジナリティは低い。中盤以降明かされる陰謀の主体、およびその正体は、過去にも「ターミネーター」シリーズや、「バイオハザード」で描かれているのと同じなんで、特に秘する必要もないだろう。ただ、その存在が権力を委譲しようとするのが「ファンタスティック・フォー」のザ・シング(バカ)を演じているマイケル・チクリスなので、そもそもその性能自体に疑問を抱く。なお、ビリー・ボブ・ソーントンも出ているが、全く意味のない起用という点では贅沢だ。


 一観客として「ハロウィン」へ。個人的にジョン・カーペンターが好きでも、「ハロウィン」がスラッシャー映画として元祖でも、特に原典の評価はしてない。確かに不気味だが血の量もエロも少なく、他の作品で流血を大盤振る舞いのカーペンターにすれば、人体損壊描写も極めてソフトで、レンタルで観た当初からの緩さが現在も持続している。劇場リアルで観た「13日の金曜日」や「エルム街の悪夢」の二大シリーズ(いずれもリメイク進行中!)に比べると、殺人鬼の得体の知れなさは突出しているが、それは小学生には単に手抜きに見えたということだ。実際動機も情報もない方が、本物のキチガイらしいとは言えるが。でも今何でロブ・ゾンビがこのリメイクなのか、情報を聞いた当初は不可解だったが、観ることでようやく納得した。要するにその説明のなさに独自の脚注を付け加え、犯される殺人は徹底した暴力によってリカバーする事にあったのだ。そうは言っても、「ハロウィン」に補完されている暴力など、たかが知れているのも事実だ。従ってオリジナルを通過しない人間には普通のホラーだし、別に観なくてもいい。キャスト的には「かくし芸大会」ノリで従来のゾンビ節が効いているが、そういう見方をするとキリがないんで今回は無視。上映が日本とは逆になったが「ハンコック」でウィル・スミスにノされたガキが少年マイケルを演じていて醒めた。


 ファントム・フィルムさんにご招待いただき、「小森生活向上クラブ」試写へ。バカ女に天誅を加えたオヤジの周囲に賛同者が増え、彼のヴィジランテ活動が勝手に拡大するブラック・コメディ。こうした題材を笑いでしか処理できないやるせなさが、「トゥルー・ロマンス」のエルヴィスばりの神々しさで、古田新太演じる小森課長の心のヒーロー、トラヴィスに象徴されている(当然モヒカン)。しかも偽トラヴィスは「Are you talkin' to me ?」を連発するので「タクシー・ドライバー」が解らなきゃ完全に置き去りだ。まぁトラヴィスの心情に行き着かなければ、鬱屈はないに等しいから構わんが。しかも「あばよ、デ・ニーロ」の偽トラヴィスより似ている上、「シンデレラ・ボーイ(ノー・サレンダー)」の偽ブルース・リー、「フォーエバー・フィーバー」の偽トラヴォルタ並みの説得力はある。過去の邦画では「KOROSHI/殺し」で描かれたような、中年男の性欲に対する暴力の効能も避けずに描いたのは好感が持てるので、この規模の作品では「ファイト・クラブ」の去勢恐怖までテーマを深化させずとも充分な出来だ。しかし近年「Death Sentence」のような社会派暴力映画をろくに公開しないこの国では、本当は「フォーリング・ダウン」のような作品を志向したくても、コメディ化もやむなしというのは分かる。不夜城 [DVD]死ぬほどいい女ロリータ (新潮文庫)ロリータ (新潮文庫)170299102ロリータ [DVD]郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす (ハヤカワ・ミステリ文庫 77-1)郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)郵便配達は二度ベルを鳴らす (集英社文庫 赤 35-A)郵便配達は二度ベルを鳴らす [DVD]郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版 [DVD]郵便配達は二度ベルを鳴らす(1946年版)特別版 [DVD]ストレートタイム (角川文庫)ストレート・タイム [VHS]ビッグ・ノーウェア 上 (文春文庫)ビッグ・ノーウェア 下 (文春文庫)転落の道標 (扶桑社ミステリー)愛はいかがわしく (BOOK PLUS)漂流街 (徳間文庫)漂流街 THE HAZARD CITY [DVD]凶手 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-7))死にゆく者への祈り (ハヤカワ文庫 NV 266)スカーフェイス コレクターズ・エディション [DVD]カリートの道 スペシャル・エディション [DVD]カジュアリティーズ [DVD]ディスタービア [DVD]イーグル・アイ スペシャル・エディション (2枚組) [DVD]マイノリティ・リポート [DVD]2001年宇宙の旅 [DVD]博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか [DVD]エネミー・オブ・アメリカ 特別版 [DVD]カンパニーマン [DVD]ターミネーター 新生アルティメット・エディション [DVD]バイオハザード〈廉価版〉 [DVD]ファンタスティック・フォー[超能力ユニット] <新生アルティメット・エディション> [DVD]ハロウィン オリジナル劇場公開版 [DVD]13日の金曜日 PART2 [DVD]エルム街の悪夢 スペシャル・エディション [DVD]ハンコック エクステンデッド・コレクターズ・エディション 【Amazon.co.jp 限定リバーシブル・ジャケット仕様】 [DVD]トゥルー・ロマンス [DVD]タクシードライバー コレクターズ・エディション [DVD]シンデレラ・ボーイ [VHS]ノーサレンダー【字幕版】 [VHS]フォーエバー・フィーバー [DVD]殺し デラックス版 [DVD]ファイト・クラブ 新生アルティメット・エディション [DVD]Death Sentence [DVD] [Import]フォーリング・ダウン [DVD]