俺を殺した女について知った二、三の事柄。

 その女は、俺と暮らすために当時勤務していた那覇で付き合っていた男との関係を清算し、四ヶ月ほどの準備期間を経て東京にやってきた。しかし東京に来た女は妊娠初期の状態にあったのだ。つまり清算は嘘ということになる。そこで俺が拒絶したため、行き場をなくした女は埼玉界隈で男に拾われては身をやつすという奇行を繰り返し、遂には本島ではなく、実家のある離島へと引き返したらしい。というのも、その期間俺は当然連絡を絶っていたので、断片的に知人を介して入ってきた情報からそう推測されるということだ。その離島で女は観光会社に就職し、反省と謝罪を込めた振りをして、俺に再度接触を試みてきた。それ以前にも二度ほど裏切られてきたが、度重なる謝罪に俺も愚かなことに態度の軟化を見せてしまい、再度女は俺と暮らすために離島の観光会社を逃げるように辞し、数年同居することとなった。
 なぜそんなことを書き出すかというと、前回書いた過去の亡霊に関連があるかなしか、何の根拠もないが、一つの関連のある出来事が連鎖的に発覚してきたからだ。しかもいずれも、俺が能動的に知ろうとしたことではなく、偶然の情報として入ってきたことに強い不安を覚えている。
 一つは、その女がかつて勤務していた離島の観光会社に、女の歳の離れた弟が就職していることを、その会社のサイトで顔出しの紹介から発見してしまったということがある。俺はこの青年に東京で何度か会っているし、実際好人物と感じ、俺自身も好意的に接してきたので他意はない。ただ、今となっては事実無根の妄言を女から吹き込まれていることは間違いがなく、金輪際会わないだろうが、会えば確実に俺を逆恨みから殺そうとするだろう。別にその事実に危機感を感じているというのではなく、やはり東京にいる意味を失くし、実家に帰ったのだという事実と、当時の出来事に付随する単に残念な話として、女の作った傷がうずくのだ。単に、姉が逃げるように辞めた後によく就職できたなとも思ったが、そこはムラ社会特有の根回しがあったんだろう。
 もう一つは、結局会うことはなかったが、女には歳の近い妹もおり、深刻な不仲を抱えていたようだが、頻繁に電話で連絡を取っていた。姉とは違い堅実ではあっても、衝動的な血は同じらしく、当時、その地元の離島では親から付き合うことを禁じられていた(島レベルで反目しているらしい)別の離島出身の青年と結婚し、“生中出し婚”を敢行したとの事である。しかし出戻ってはいないにしても、実家に帰った(別居に類する状態?)時点で、三年ほど前“運転免許証不正取得”によりパクられていたことまで知ってしまったのだ。逮捕時の年齢と、報道された名前の一致から判明したが、先の義理の息子(?)の罪科(法解釈によっては強盗傷害に類するものだ)よりは微罪にせよ、俺の知っている女の父は、女も時折誇りにしていたように、司法に携わる人物である(年齢的には既に退官しているはずだ)。その謹厳実直さに畏敬の念を抱いてきたし、ゆえに俺をチンピラと断じ、遂に直接会うことはなかった。だから当然、もう俺は完全に当事者でないのだが、にもかかわらず女の父の顔に泥が塗られるようなことばかり起きていることが、嫌味でもなんでもなく、何とも気の毒で痛ましい。
 そしてそんな情報ばかりが入ってくる奇妙な連鎖に、俺の脳は痛めつけられた部分が再び活性化し始めている。使用したくない脳の回路が再生を始めたのだ。
 つまり、強引に入ってきた情報の連鎖は、その個々にまつわる“本体”、すなわち女の招来を俺に危惧させるのだ。何人もの人間を自殺に追い込み、互争わせ、いくつかの家庭を破壊してきた悪の根源が、それがどういう形にせよ、近いのではないかという不安が醸成されるのだ。予感は、必ずしもいいものとは限らない。俺の感じたものは、自分への本能的な危機の察知なのかも知れず、非科学的なものではあるにせよ、現時点では完全に無視はしないでおこうと思っている。


 一観客として「マルセイユの決着(おとしまえ)」へ。宣伝や作品も、原作ジョゼ・ジョバンニを強調しているが、その「おとしまえをつけろ」の映画化というよりは、ジャン=ピエール・メルヴィルの「ギャング」の忠実なリメイクという感触が強く、尺もほぼ同じ。それでもタイトルや銃撃シーンは当世風に派手だ。ただ予告から危惧したほど、CG血糊は多用せず一安心。メルヴィル好きも、オリジナルを観てない人も、元々錯綜した話なので長さは感じないだろう。フレンチ・ノワールでは本家アメリカほど男を破滅させるヒロインは出ないが、その割りには原作に及ばずとも、モニカ・ベルッチを起用してるだけに、オリジナルよりヒロインの存在感は大きい。ブロンドは似合わないけど顔がエロいからいいや。テレビで繰り返し観た、「ザ・カンニング IQ=0」のダニエル・オートゥイユがこんなにも渋く化けたのは嬉しいけど、「あるいは裏切りという名の犬」でも嵌められる刑事、今回も嵌められるやくざなんで、新味はない。しかもリノ・ヴァンチュラみたいに、ギラついた悪さがなく清潔。しかし、周りは一連のギャスパー・ノエ仕事や「ハイテンション」でおなじみの超性格俳優、フィリップ・ナオンの汚れ仕事を始めとして間違いのない配置で、正直アラン・コルノーを見直した。本作がジャンル復興への刺激となることを願う。


 一観客として「永遠のこどもたち」へ。ギレルモ・デル・トロ製作というのが一つの売りとなっており、観る側もデル・トロ作品との接点を探してしまうし、監督も意図的に織り込んでいるようにも見える。孤児院という舞台は、「デビルズ・バックボーン」だし、そこでも描かれた“想像上の友達”ならびに“死と引き換えの解放”というテーマは、引き続いての「パンズ・ラビリンス」でも追究されているものだ。そもそも俺が陳腐なファンタジーやオカルトを無視するのは、単に信じないだけでなく、幻想が生きる場所は、生きた人間の想像が入り込める場所ではない(人間程度の存在が考え得るものではないし、その資格もない)という畏怖からである。それだけに途中、ユングだとか、霊だのといった流れに嫌な予感がしたが、最終的な落とし所は極めて正しく安心する。表面上はオカルトやつまらぬ母性を描いているように見せながら、最後にそれらを払拭するテクニックを見る限りでは、フアン・アントニオ・バヨナ監督の今後も期待していいだろう。ちなみに、ゾンビ映画以外で久々に“ババアが怖い”描写も楽しめる。また、ヒロインの役柄上の年齢(37)に自分も近いくせに、歳の割りに老けてると見た俺も、実際老けて来ている訳で、つまり、そろそろ“幻想に生きるための退き際”が迫っていることを感じた。


 一観客として「チェ 28歳の革命」へ。超大作で、「トラフィック」以来のクールな興奮が味わえるかと思えば、事実に基づく部分はかなり忠実に再現しているのに、やはり描写においてソダーバーグは淡白なのだ。それは主役のゲバラへの熱意とは裏腹に、監督自身はそれほど思い入れがないとも取れるし、事実そうかも知れない。だがどんな素材にもそれがソダーバーグの距離感なのだ。「オーシャンズ〜」のようにコメディを観客にそれと悟らせずに観せ切り、「ソラリス」などはオリジナルの半分程度の時間で観客の入眠速度を上げる成果を残した。「アウト・オブ・サイト」の成功は、突き放し方がエルモア・レナード作品のテンポと相性が良かっただけで、「ジャッキー・ブラウン」のように意図的にレナードの空気感を作り出したのではないと感じているので、「セックスと嘘とビデオテープ」は“まぐれ”に過ぎないのだろうか。ただ、熱狂がない分ゲバラの知性は強調される形となり、革命軍での厳しい統制にも説得力を持つこととなった。しかしこれも「レッドクリフ」方式で半分に両断されており、現時点で性急な批評は出来ない。また、マイケル・マンの新作「Public Enemies」に先んじたトミーガン使用や、後方からの丁寧なバズーカ発射描写は、かつてのSNK謹製シューティング「ゲバラ」程度には興奮する。   


 ワーナー・ブラザーズさんにご招待いただき、「ロックンローラ」試写へ。「スウェプト・アウェイ」は抜きで、監督初期の二本はアンサンブルと物語の合致が最大の成功要因だったが、「リボルバー」は犯罪映画として捻り過ぎ、問題作となってしまった。しかし本作は、ショーン・ペンの「Guy Ritchie is back!」の賛辞は伊達じゃなく、相当持ち直した。“ボス顔役者”トム・ウィルキンソンは、「フィクサー」のフルチンも笑ったが、今回はハゲで熱演してるし、男だけでツルむ同系統のチンピラ映画に対し観客が当然抱く“ホモ疑惑”も真っ向からネタにして、痒いところも手が届く。さらに“ボリス・ザ・ブレイド”を想起させるロシア系組織構成員のタフさは、間に「イースタン・プロミス」等の類似作が増え、より説得力を増した。犯罪の手口としては不動産でのシノギなんで地味だが、そこに“骨董品の猟銃”や“巨大なダイヤ”と同様の、“死を偽装したロックスター(および彼の掠めたブツ)”がマクガフィンとして効き、イイ具合に凶暴なカオスが生成される。前作で突出してたマーク・ストロングも、リッチー組の地位を上げつつあり、次作「Sherlock Holmes」の“モリアーティ教授”との噂も本作で納得だが、初めて物語に絡む女が登場する割には扱いが軽く、それは今後に離婚経験を交え生かして欲しい。おとしまえをつけろ (ハヤカワ・ミステリ 1054)ギャング [VHS]ザ・カンニング [IQ=0] [DVD]あるいは裏切りという名の犬 DTSスペシャル・エディション [DVD]ハイテンション アンレイテッド・エディション [DVD]カルネ [DVD]カノン [DVD]アレックス [DVD]デビルズ・バックボーン スペシャル・エディション [DVD]パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]ASIN:B001I919ZMトラフィック [DVD]オーシャンズ11 特別版 [DVD]オーシャンズ12 [DVD]オーシャンズ13 [DVD]惑星ソラリス [DVD]ソラリス (特別編) [DVD]アウト・オブ・サイト (角川文庫)アウト・オブ・サイト (ユニバーサル・セレクション2008年第4弾) 【初回生産限定】 [DVD]ラム・パンチ (角川文庫)ジャッキー・ブラウン [DVD]セックスと嘘とビデオテープ [DVD]レッドクリフ Part I スタンダード・エディション [DVD]デリンジャー [VHS]スウェプト・アウェイ [DVD]ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ [DVD]スナッチ デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]バットマン ビギンズ [DVD]フィクサー [DVD]リボルバー DTSスペシャル・エディション [DVD]イースタン・プロミス [DVD]ASIN:B001LF3QM2