恋ではない一目惚れもある。

 僻地に引っ越してきて以来、両親と共に暮らし、その不安を濯いであげる以外に、唯一とも言っていい衝撃的な出来事があった。それは俺の散歩のルートで、しばしば、アンソニー・ウォン似の女子高生とすれ違うことである。そのまま銃で頭を撃ち抜かれても文句が言えないほど、イイ顔の吸引力がある。街のイイ顔ウォッチャーとしては、立場上、一種の一目惚れとも言ってもいい。
 しかも、それでいて格好はいわゆる女子高生らしい女子高生なんだから面白すぎる。どんなバイトをしているのか?ハンバーガー屋だったら最高で、何人かブチ殺してそれを食材として客に提供していたら…とか、ファンタジーは際限なしに広がる。
 だが一方で安堵しているのは、これが俺に単なる幻想の材料として転がって、脳内で反芻するネタにもなっていただけで、俺にとっての希望にならないでいてくれたことにある(当然、ズリネタではない)。
 なぜなら、俺に希望は要らないからだ。しばしば希望は人間を生かすというが、なぜ必要ないか?別に俺は死にたいわけではないし、そんなものがなくても生きていけるだけだ。今まで俺に与えられた希望は、全て中途半端に俺にもたらされ、中途半端に奪われてきた。そもそもその程度のものが希望だというならば、そんな安いものは必要ないということだ。そんなものは必要ないということを、俺の人生を賭けて証明してやろう。
 では何が必要なのか?言い切ってしまうと、どうせ与えられて消えてしまうものよりは、絶望や孤独があった方がいいということになる。これほど確かで、一度俺に根付いたら中途半端に消えることもないものを、俺は他に知らない。己の手中にある絶望や孤独を眺めて、しみじみ“死”に近い絶対性を持つものだと確信できる。それだけの絶対性があれば、むしろ他に必要なものはないんだ。もともと俺に欲しいものは何もないし、その割に目に見える世界は不要なもので満たされている。
 だから世界を埋める不用品の山から、確かな絶望だけを掬い取って、貯めて行きたい。絶望が蓄積して、俺の皮膚が変色するまで。変色が腐敗を呼び、突き抜けて、裏返って、今生でのホワイトホールへ行けるまで。
 よって、あらゆる形で絶望を俺自身に加算する努力だけは惜しまないつもりだし、事実実践している。その過程の脳内の思考の流れを極力書き留めているのがこの場だし、その力を与えてくれるのが、死にながらでも生きていける耐性を持つニヒリズムで、それは死中にこそ活を求める、かつて瀕死の状態の時、俺を生かしてくれた、“武士道”そのものであるから。


 そうした俺の蓄積の一端を担い、深く沈めていくのが、映画館の暗闇であったり、そこで身を屈めながら眺める、不謹慎な暴力やセックスのオンパレードであったりする。これのある限り、一つのところに脳は止まっていない。前進だろうが後退だろうが、常に思考は脈動していられるのだ。最終的には、このために完全な白痴になってしまってもいいとさえ思っている。


 一観客として「007/慰めの報酬」へ。OPに裸の女のシルエットが復活。やはり「〜カジノ・ロワイヤル」のOPは不評だったらしい。とはいえ話は完全な続編で、シリーズ全体を知らずとも、前作の予習がないと物語全体を支配する苦々しさを感じることも出来ない。スパイ映画らしいガジェットも、強いて言えばワルサーPPKが復活したとか、ボロボロでもアストン・マーチンが今回は出るとか、「〜ゴールドフィンガー」を想起させる殺し方が登場する程度だ。よって仕切り直しの側面が強調され、ダニエル・クレイグの体調が心配になるほど暴力度も上昇した。前回ダブルオー獲得に向けてボンドが“心を殺す”話だったとすれば、心を殺して通じ合った女に裏切られるという最悪の展開から、その原因究明と傷をやり過ごすために復讐にのめり込む“心が死んでいく”過程を描いた話である。こうした絶望に“スペクター顔”クレイグの硬質な表情はマッチする。しかも今回は分かち合う相手がいても、いずれも復讐に憑かれているため、乾いた魂の共鳴のみで、セックスにまで至らないのがいい。またそのヒロイン、カミーユが相当強い。この働きで次の標的が明確になり、ル・シッフルもドミニク・グリーンも意図的に小物としての暗躍に納得がいく。従って新シリーズの真価は、カミーユも続投する次回作より問われるはずだ。 


 一観客として「感染列島」へ。キー・アートだった渋谷駅前の荒廃ぶりが、「アイ・アム・レジェンド」日本公開限定ポスターと酷似していたので殺伐さを期待していたが、爆発感染が盛り上がった頃、いきなり思い出したようにその場面が挿入されるだけで、なぜそこまで荒廃したか状況説明は皆無だし、言い切ってしまうとパニック映画としての荒廃はない。これには「MOON CHILD」等のメジャー作品もものにしている瀬々監督作品だけに驚いた。ピンク映画モードの実録犯罪モノほどの質を追求せずとも、どうせなら「エボラ・シンドローム/悪魔の殺人ウィルス」程度の悪意が欲しかった。しかも感染者の症状が一貫しておらず、血反吐に塗れくたばる人間と、そうでない感染者がいるのはマズい。対処する妻夫木の深刻そうなだけの演技に加え、パニックが均され上昇していく構成ではないので、その迷走で「ドラゴンヘッド」を即思い出す。カンニング竹山は誰がやっても同じ役だったがマシな方で、特に爆笑問題・田中は、役が普通のオッサンでしかなく、笑顔が気持ち悪い。どうせならアンソニー・ウォンみたく変質者として彼のキャラをいじれば、その存在は際立ったはずだ。いずれにしても芸人の安易な起用には慎重になるべきだが、いっそ主役に起用すればいいと思えるほど、夏緒に目を奪われっ放しであった。


 一観客として「チェ 39歳 別れの手紙」へ。前編が「ハバナ行くぞ!」と終わったんで、その続きと思ったが…。ゲリラ作戦の成功例(=キューバ)、失敗例(=ボリビア)という見方も出来る二部作だが、それが“栄光”と“挫折”という対比も兼ねるかと言えば、前編は描き込み不足だ。ゆえに後編の補完を期待したが、やっぱりソダーバーグはスカした。挫折を延々と描くのである。別に美化しろとは言わないが、前編のように時系列に工夫があれば、映画的なダイナミズムは醸せたはずなのに。確かにボリビアでのゲバラの行跡は歴史の闇で、それを具体化する試みも分かるし、そこは成功だ。しかし後編で顕在化してしまうのは、誇大妄想的な理想家の姿だ。キューバでの革命成功は、そうしたロマンを実務で埋める人間の力があってこそと痛感させられるのだ。それはカストロの偉大さであり、同時にバティスタ側の脆弱さでもある。後編は以上の諸要素の力で誕生した英雄という、ゲバラの成分表示なのだ。SNKもこの部分はゲームにしなかったんだし、それで喘息で苦しんでるため、一層痛々しい。前編の軍服姿に激しく眩惑させられたカタリーナ・サンディノ・モレノをもっと絡めていれば、ビジュアル的にも盛り上がったはずで、個人的にこの二部作は彼女目当てだったが、出番が非常に少なく、その点は口惜しい。


 ワーナー・ブラザーズさんにご招待いただき、「グラン・トリノ」試写へ。発表以来「ダーティハリー」最終章か?と噂された本作だが、ある意味当たりだ。イーストウッドは新人の脚本を気に入り監督主演を決めたようで、ハリーではないが、髣髴とさせる極端な主人公だ。マッスルカーに乗る朝鮮戦争退役軍人といえば、ペレケーノスの「野獣を牙を研げ」を思い出すが、アウトローではない。“暴力の応酬に対する総括”が「許されざる者」製作の動機だったようだが、そこで西部劇に果たした決着を、現代アクションにも向けた使命感が突出している。だからブロンソンなら躊躇わないはずの“復讐”が明確になる辺りに、現実的で一捻りある解決を提示した。だがシリアス一筋でもなく、ハリーに含みを持たせた床屋との関係や、他にもギャグは多い。舞台がデトロイトだが、街の荒廃ぶりやキャストの一部が「ロッキー」最終作と重なる上、類似の設定を持ち、事実監督をモデルにした「老人と犬」も視野に入れ、完成度でこれを超えた。また、アジア系との交流を通し、「硫黄島二部作」に異議を唱えたスパイク・リーにも、黙して背中で語る離れ業。その上、暴力映画の先導者としての負い目が「ヴァージニア工科大学銃乱射事件」への「パーフェクト・ワールド」にも似た贖罪意識として覗えるのが、深い余韻となる。007 / 慰めの報酬 (2枚組特別編) 〔初回生産限定〕 [DVD]007 カジノ・ロワイヤル デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]ゴールドフィンガー (デジタルリマスター・バージョン) [DVD]ASIN:B001LF3QMMアイ・アム・レジェンド 特別版 [DVD]MOON CHILD 初回生産限定版 [DVD]エボラシンドローム?悪魔の殺人ウイルス? [DVD]八仙飯店之人肉饅頭 BOX [DVD]ドラゴンヘッド [DVD]ASIN:B001I919ZWASIN:B001I919ZM【初回限定生産】ダーティハリー アルティメット・コレクターズ・エディション(7枚組) [DVD]野獣よ牙を研げ (ハヤカワ・ミステリ文庫)許されざる者 [DVD]狼よさらば [DVD]ロッキー・ザ・ファイナル(特別編) [DVD]老人と犬 (扶桑社ミステリー)父親たちの星条旗 [DVD]硫黄島からの手紙 [DVD]パーフェクト ワールド [DVD]