発作とこだわりの因果関係の解明。

 俺にとってゴミのような大学に行った経験は、得た知識においても形成された人脈においても、全く無意味な時間だったと断言できる。それでも一つだけ意味のあった知識が得られたとするならば、「犯罪心理学」の講義において、放火事件の被疑者とされる人間は、ある種の脳障害を負っている確率が高く、その脳障害においては、炎や閃光が発作の軽減や癒しになる、と講師が話していた事くらいだ。
 また、昔の職場でやはり大学が無意味だといっていた同僚が、唯一役立つ知識として印象に残っているのも、浮浪者とは別種の狂った人間や、単に頭の足りない人間、およびその奇行を駅で見かけるのが多い理由が、大学の講義で解明された事だと言っていたが、その話で俺と同僚はその後一気に打ち解けたのは言うまでもない。
 ちなみに同僚が明かされたその理由とは、彼ら狂った人間の中にも、周囲と協調してまともになりたいという欲求が本能的にあり、その本能的な衝動によって、皆が通学・通勤に日参する駅に集まっているとの事で、そうする事で彼らは“まともになった”カタルシスを得ているのだそうだ。これは奇しくも「ゾンビ」や「死霊のえじき」でロメロが明かしている、“生ける死者”の行動メカニズムと一致するので、同僚の話に妙に俺は納得してしまった。
 まぁ俺については、特にその脳障害について何か言いたいことがあるわけではないので、分かる人には分かるだろうが具体的な記述は避ける。なぜそんな事を今になって持ち出すのかと言えば、そうした放火犯の動機と似たような心理状態に陥ることが最近多々あるからだ。
 もちろん、別に俺が放火をしているとかではなく、今さら言うまでもないが、俺は人間の悪意や暴力について、読んだり、観たりする事などで、それらを調べる事を重ねており、それらに憑かれている。これは単にその不条理なものの原因を知りたいというだけでなく、むしろ強迫観念に近い。
 やがて自分の中でこの境涯に対し、“運命愛”に至るために、肯定しようと度々向き合ってはいても、自分の中の一番触れられたくない傷というものがあり、これは向き合わなくても、時折俺の目の前に立っていられないほどの痛みを持ってフラッシュバックしてくるものである。
 つい最近、その傷を他者から触れられるどころか抉られるという経験によって、この強迫観念との因果関係に思い至ったのだ。それは恐らく、悪意や暴力にまつわるものの耽溺が、このフラッシュバックの痛みを確実に軽減してくれており、ある脳障害を持つ人間にとっての放火に近い癒しを与えてくれているのではないかという事だ。事実これらの暴力的なメディアに触れている限り、俺の前にフラッシュバックが極めて起こりにくい状態を作り出されているし、それらの調査に集中している限りは、他の何かに触れている時に比べて、仮に痛みが起きても思考が麻痺するようなことは少ないように見受けられる。


 要するにそれが多分、俺にとって暴力小説や暴力映画へのこだわりの源だったわけで、自ら暴力を振るうことはなくても、譲れないものは、“おれたちみんな”が確実に持っている、“人間由来の悪意”であると、ある程度絞られたからには、今さら追求を止めてもしょうがないし、知る道を極めるしかない。チャック・イェーガーは、速度の追求に機体の損傷を懸念することなど全くなかっただろう。ところが俺の心はどこまで持ちこたえられるかは、俺自身少し考えてしまうのだが。


 一観客として「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」へ。イエーツの原作にかなり忠実なので、過去に出た邦訳原作の題「家族の終わりに」にすべきだった。つまり、宣伝に騙されない様に言えば、これ以上悲惨な話もない悪夢的な物語なので、皮肉な原題を酷い副題で相殺しないで欲しいということだ。当然、間違っても互いに夢のあるカップルはデートで観ない方がいいし、そうしたカップルが恋愛感情だけで結婚するとどうなるか、具体的で粘着質に描かれる。俺はこうした夫婦が争いながら、ゆっくり空中分解していく物語を他も知っている。トンプスンの「ゲッタウェイ」だ。ただあの夫婦は中年だったが、こちらは勢いで子供をバンバン作る若夫婦。それでいて、その視点から子供が排除されている点に、彼らの未熟さが滲み、そのバカさ加減が増すほど、共演する二人による「タイタニック」への清算も果たしている。元々サム・メンデスの「アメリカン・ビューティー」は、その救いのなさから「アイス・ストーム」への返歌と受け止めていたが、本作の映画化を彼が実現することで、本来はこちらを映画化したかったが為の前哨戦だったと分かった。俺も結婚こそしなかったが、同じ喪失の過程を通過しただけに、夫婦は“気の抜き方が全て”と断言されてしまう、原作通りの“ある所作”が辛かった。


 一観客として「戦場のレクイエム」へ。世界市場を照準に据えた国共内戦映画は、本作が初だろう。それだけに気合の入れ方は半端ではない。結局、どこの国の人間だって「プライベート・ライアンごっこはやりたいのだ。そういう意味で先輩の韓国から、「ブラザーフッド」のスタッフに協力を仰いだのは正解だ。しかし「ブラザーフッド」が凄惨さにおいて「〜ライアン」を超えられなかったように、撮り方を真似ているせいで迫力はあるが、戦争という暴力の生々しさはさらに半減、やはりこちらも“ごっこ”の領域を出ていない。それは火力ほとんどが列強や日本の置き土産の寄せ集めなので、単純に装備が貧乏臭いこともある。だがそれを即席の臼砲みたいなものや、爆薬を抱いての特攻戦術によってカバーする描写があるので、やる気になれば血や肉片の舞う地獄絵を描けたはずだが、検閲を恐れてそのレベルに至っていないのだ。同時進行中だった朝鮮戦争についての描写もあるので、敵味方に区別がつきにくい内戦とは言っても、意外と状況が混乱せず把握できるのは、視点を戦後から振り返ることで構成が自然に整理されるからだろう。主役がメットを被ると竹中直人にしか見えないのは笑えるが、物語としては、戦いに大義が見えない程、兵士は“名誉”や“誇り”に拘泥したがるという点がよく表現されている。


 一観客として「悲夢」へ。何かとオダギリジョー韓国映画出演が取り沙汰されるが、これは監督の前作「ブレス」におけるチャン・チェンと扱いは同じなので、それほど重要ではない。オダギリジョーについては「プラスティック・シティ」と絡めた方が語れることも多いと思うのでここでは保留しておく。むしろ日本ではナガブチ不条理映画「英二」に“中国人”として出演してしまったことで、キャリアに汚点を残してしまった、イ・ナヨンの巻き返しとして評価すべき作品である。物語は現実と夢の多重性と、男女が互いに見る夢とそのスイッチにおいて、双方向的な構造をしておりやや難解だが、観念劇としては、極端な愛憎を描いたものとして、誰かを「メッタ刺しにしたいほど」愛した経験があるなら、生理的に脳に入ってくるだろう。つまり、過去の監督作品から言えば、「悪い男」や「絶対の愛」、そして前作「ブレス」など、男女の越えられない隔たりを描いた作品の範疇に入るものだ。加えて、監督の作品では常連だが、「コースト・ガード」で、青姦中に男を北のスパイと間違われて射殺されたために白痴化、漁村中の慰みものになる女を演じていたパク・チアが突出している。彼女は今回も後半、似た原因からやはり発狂するが、手馴れているだけに、その後の“イイ顔”具合が向上し、アップで堪能できる。 


 ワーナー・ブラザーズさんにご招待いただき、「GOEMON」試写へ。俺は映画評論家と名乗ったことは一度もないので、怖くて観られない作品もある。いずれ克服しなければならないが、原典への思い入れの強さゆえ、実写版への懸念で怖いのだ。具体的には「DEVILMAN/デビルマン」や「CASSHERN」を指すが、本作は史実に材を取る以外、別に原作はないので、極めてニュートラルに鑑賞できた。それに俺と同じ人間もいると思うので、監督にもこれはメリットだろう。よって結論から言うと、題材から想起する“時代劇的なもの”の先入観をなくせば、緻密に作り込まれた、監督の志向する美学は余さず観られる。しかも、ほぼファンタジーの領域へのビジュアル再構築で、やや司馬遼太郎の「梟の城」の影響下にありながらも、大筋は史実を守り、従来とは一味違う秀吉・家康像を描き出すことに成功した。ただ、あくまでも主人公は石川五右衛門なので、アウトロー特有の軽みも外さず、そこは江口洋介の資質が作用しているし、ゲームの「がんばれゴエモン2」の“えびす丸”的なキャラも登場し、芸人が非常に多く出演するので、史実より悲惨ではない。終盤「〜キャシャーン」とは別の、某タツノコ作品への含みもあり、監督のタツノコ愛の強さは窺えたが、それよりも、スタッフに昔の同僚がクレジットされていて驚いた。ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)スマイルBEST ゾンビ ディレクターズカット版 [DVD]スマイルBEST ゾンビ 米国劇場公開版 [DVD]スマイルBEST ゾンビ ダリオ・アルジェント版 [DVD]ライトスタッフ スペシャル・エディション [DVD]ASIN:B001P3POWU家族の終わりにゲッタウェイ (角川文庫)タイタニック [DVD]アメリカン・ビューティー [DVD]プライベート・ライアン アドバンスト・コレクターズ・エディシ [DVD]アイス・ストーム [DVD]ブラザーフッド (ユニバーサル・ザ・ベスト2008年第3弾) [DVD]英二 [DVD]ブレス [DVD]悪い男 [DVD]絶対の愛 [DVD]コースト・ガード [DVD]デビルマン 全5巻セット 講談社漫画文庫新造人間キャシャーン COMPLETE DVD-BOX ~ALL EPISODES OF CASSHERN~梟の城 (新潮文庫)ドラキュラ [DVD]がんばれゴエモン2宇宙の騎士テッカマン DVD-BOX