理由のない絶縁はない。+変則記述。

 前にも書いたが俺は弟と絶縁している。それはどちらかというとその機会を窺っていたからだ。理由はいくつかあるが、最大のものとしてはガキの時分、俺は弟に対し、暴力その他を用い恐怖で支配してきた負い目があり、俺のような人間を奴の人生に立ち入らせたくない、というのがある。だから俺がいわゆる“切れた”状態に見えるであろう弟の手落ちを窺っていたのだが、いつの間にか本人は、自らに手落ちのあった自覚さえもない愚弟と化していた。
 それはそれで俺にとって都合よく事は運び、絶縁の真意も悟らせるつもりもなかったがために、その機会を窺ってきたわけで、結果的には絶縁を申し渡したわけである。だがビジョンとして構想していた絶縁を、実行するまでに踏み切らせるには相応の理由があった。それは俺のせいとも言えるが、弟のせいとも言える、きわめて奇怪な些事の数々が蓄積したことによってである。
 最初のものは、これはかつて同居していた女による、俺たち兄弟への分断工作だと思っているが、電話で弟と女が話をすると、あいつ(俺)はクズだの、カスだの罵っていたと、頻りに聴かされていたが、虚言傾向のある女を疑っていたこともあり、当時からこれは話半分で聞いていた。ただ、当時から女は俺の両親との交流を、自ら望んだように安請け合いしておきながら、直前になるとこれを無断で反故にしようと(逃走を企図)するという異常行動を繰り返しており、それを咎める俺に対し、毎回切り札のように口にしていた常套句がある。
 それは、弟の妻が俺の親を非常に嫌悪しており、普段は隠しているその嫌悪感を、電話で話すたびに毎回表明している弟の妻は非難されずに、なぜ自分が非難されるのか?という、意味不明な反論である。意味不明なものは狂った人間の言い分としてスルーして構わないのだが、引っかかるのは“弟の妻”の言動として、その内容を具体的に引用している点である。
 だからといって、俺は根本的に「雨降って地固まる」という人間関係を全く信じないし、今となってはそのために、触れたくない痛みにも触れなければならないので、俺の側から弟や弟の妻に対し、俺の親への嫌悪についての真偽を問い質したくない。これは根拠のないことではあるが、だからといってこうした発言がなかった根拠もないのだ。まして、いくらこの情報を俺に与えた女が気違いでも、当時の生活が続くという想定の上での発言なら、俺に虚言を看破されることを、女は極度に恐れていたし、発言の裏を俺が必ず取ると予期しているのは容易に推察されるので、完全な妄言をそう咄嗟に切り返すとは考えにくい。
 よって、そういうことを他人に臆面もなく言う可能性のある恥知らずな人間は、夫婦ごと俺の前から排除しておけばいい、というのが、その時点で腹を決めたことであった。敵と判断したら倒さなければ倒される世の中にあって、この処置は止むを得ないと今でも確信しているし、このまま行くしかないのだ。以降、親と弟夫婦の偽善的なやり取りを目にするたびに、一連の伝聞が想起され、真偽のほどは別としても、全くそれを知らぬ親が気の毒でならない。
 さらに、弟が元来備えていた性質が、その得た職の方向性によって増長したものと俺は解釈しているが、弟には周囲の人間が持つ属性等のものを、自らに利用させようと秤にかける性質を持っていた。例えば、何かを売る営業が仕事であれば、商品が何であろうと縁故を頼りに一族郎党に売り付けるような性質を指すわけで、こうしたチンケな物の売り買いならまだいいが、自らが結婚する段になって、さらに営業スキルの向上により、空虚な口舌の徒と化した弟は、自らの性質を知ってか知らずか暴走させ始めたのだ。
 それは俺が同居していた女が、沖縄県の観光名所である、某離島(オウム林泰男の捕縛地)出身者なのに着目し、新婚旅行について、俺に相談を持ちかけてきたのに端を発している。弟いわく、本来であれば海外旅行の検討も視野に入れていたのだが、欧米は高いし、弟の妻が日本人以外のアジア人に対して差別意識を殊更高く持っているということで、アジア圏への渡航を拒絶しており、よって女ないしは女の実家に渡りをつけて、沖縄県のとある離島(ちなみに林泰男は、件の強盗傷害犯の在住した地で有名な進学校中退である)で新婚旅行ができるよう、俺に計らってもらえないだろうか、との内容であった。
 俺から女にその話をしたところ、乗り気になり段取りを率先して始めたが、それが自身が長年里帰り出来ていないことの不満に火を点けることとなり、女の精神バランスは、以降目に見えて悪化していった。そして俺が長年語ってきたバニシング・ポイント(ボイリング〜でも可)が来るべくして訪れたというわけだ。もちろん、他にも要因とした働いているものは多数あるが、これが契機である点は大きい。
 一方で、同時進行的に女の段取りで、実家の女の両親に渡りをつけてまで断行された弟夫婦の新婚旅行は、今となっては血塗られた忌まわしきメモリアルとなった。それは自己責任なので仕方がない。しかも狂った女は、結婚式の招待状に「出席」と書き、当日家で酒と薬に明け暮れていたようだ(俺は立場上、出席しているので)。ただ、俺も最終的に全てを失ったのは、これ以上弟たちに利用させる要素を、俺自身から除去してしまう、いいきっかけだったと思っている。多くの欲で目が曇っている奴は知らないだろうから教えてやるが、“Nothing to lose”が人間の基本なのだから。これ以上割り切れない数字になれた俺は幸せだ。それは俺自身が身を以って、代えの効かない“俺”という元素の認識に至ったことを意味するしな。
 なお、これら一連の確執を生むに至った女は、ロクに学もない上に気が狂っているという、救いようのない病人と判明しているが、それを措いても本能的に、人と人を互いに合い争わせ、その関係を壊したいなら、現実のトラブルなど必要なく、誰かの心に疑惑の種を一粒撒くだけでいい、ということを生得していた点は優れていたし、現在もそれに乗せられ続けている俺がいるのは賞賛できるかも知れない。
 もっともそれは、そのお蔭で、俺という人間によって、弟の人生がこれ以上汚されないように人間関係は落着したので、それは俺の望むところでもあるからなのだが。


 一観客として「チェンジリング」へ。この時期監督二連発は賞狙いだが、レオーネやシーゲルに作られたキャラの決着としての「グラン・トリノ」と別に、監督自身の確たる思想があるから、物語のバランスはもう片方に譲っても、本作の方が監督個人のリバタリアニズムの表明には必要である。「ミリオンダラー〜」が“死ぬ権利”の主張なら、本作は母性愛の話ではないし、極言すると“堕胎、売春の権利”の主張だ。さらに「相応の対価を払う覚悟があれば」、“鬼畜の権利”も擁護しており、また、権力に“腐敗する権利”があるなら、人民も権力を“拒絶する権利”を有する主張でもある。それは「真夜中のサバナ」同様、実話への忠実な再現だけでなく、終わらせても良い箇所が多々あっても、物語が流転するのは意味がある。当然ヒロインが20年代でも進歩的な“モガ”だから告発できた事件だし、境涯に対し強くなれたドラマもある。そしてエルロイ以前のロス市警の腐敗にメスを入れたとも言えるが、常に腐敗している権力への断定に過ぎない。この視点で二作品を紐解くと、低意識で腐敗も進んだ日本がより恥多く見えるぞ。なお、性的虐待被害者の傷にも、「ミスティック・リバー」と通底する技量を見せるので覚悟が必要だ。しかも髭剃った「ドーン・オブ・ザ・デッド」のCJが、エド・ハリス的男前で好演!


 パンドラさんにご招待いただき、「第9回ラピュタアニメーションフェスティバル2009/エストニアのアニメーション」試写へ。俺が今のアニメを観ないのは、その絵が全部借り物でオリジナリティの追求をした形跡が見えないからで、要するにそんな絵ではいくら話が面白くても感情移入が一切できないということだ。しかしアートアニメは絵のオリジナリティこそが肝なので別格。日本では割とチェコのアニメがその代表格として取り沙汰される傾向にあるが、その極みともいえる作品の数々がエストニアにもあった。今回の試写で披露されたものは、作品点数の多さと、各プログラムより抽出された、極上の“抜きどころ”ばかり上映という変則性もあり、こちらも変則的に記す。
■「エストニアの作家たち」より、
 「フォックス・ウーマン」ブリート・テンダー作品/2002/10min/アメリカ原住民の伝承に基づく人形アニメで、今回上映作品中一番キャラはデフォルメが効き、物語も大人向けにファンタジック。
■「エストニア最新作品集」より、
 「ディアロゴス」ウロ・ピッコフ作品/2008/5min/シークエンスごとに色数を抑えて、スクラッチアニメの描線を際立たせており、明るい色彩感覚で過度な文明批判を中和している。
 「インヒアレント・オブリゲイション」ラオ・ヘイドメッツ作品/2008/10min/一連の作品で最も脳内リピート率・刷り込み効果が高い作品。どぎつい風刺で実写と人形アニメが溶け合う。音楽もドラッギー。
 「ドレス」イリナ・ガリン、マリ・リース・ヴァソフスカヤ作品/2007/7min/女が自身の衰えゆく容貌への恐怖と、何かを纏い埋め合わせをしたい切実さが、素材感強く結実。楳図「洗礼」的感性のある作品。
■「ヌクフィルム特集」より、
 「ヒューマッチノイド」カルジュ・キヴィ作品/1995/7min/歩む男に吹き付ける、仕事、体制、文化の変化。歩み続ける男は国家の歯車か、風刺と時間の交錯で歴史由来の国家観が浮上する。
 「ウェイ・トゥ・ニルヴァーナ」マイット・ラース作品/2000/13min/一応物語はタイトル通りだが、人間の実写を加工しており、画面の斬新さはソリッドかつポップ。初期ギリアムアニメを思い出す。
 「インスティンクト」ラオ・ヘイドメッツ作品/2003/10min/画面的には一番人形アニメらしいが、根源的なエロスを神話イメージを絡めて独自に描いており、オトナ度、密度共に非常に高い。
 「ハビング・ソウル」リホ・ウント作品/2002/18min/人形が持つ人形の物語というメタ構造が印象的。我々も魂はあるが人形でないとは言い切れない。そんな懐疑が具現化されている。
■「ブリート・バルン作品集」より、
 「草上の朝食」/1987/27min/マネの「草上の朝食」が各モデルにより構成されるまでを、画家自身を狂言回しに、政情に基づく想像力で埋めたオムニバス作品。
  「ホテルE」/1992/29min/旧来の体制の重苦しさも、自由社会への甘美な不安も、タッチを変え、「未来世紀ブラジル」級の悪夢として一部屋に再現される。
 「カール・アンド・マリリン」/2003/23min/隠遁を決意したマルクスがマンソン的外見に変貌、コミカルに自己顕示欲の塊と化すモンローと対称をなすが、それぞれ業が深い。
■ 最新作「ガブリエラ・フェッリのいない生活」/2008/43min/衣擦れ、産毛のそよぎ、また不快な音まで、フェティッシュに反復し最も性的な作品。総じてリンチの「Dumbland」に近い多幸感。バニシング・ポイント [DVD]3-4x10月 [DVD]ナッシング・トゥ・ルーズ [DVD]ASIN:B001P3POXYミリオンダラー・ベイビー [DVD]真夜中のサバナ 特別版 [DVD]ブラック・ダリア (文春文庫)ビッグ・ノーウェア 上 (文春文庫)ビッグ・ノーウェア 下 (文春文庫)LAコンフィデンシャル 上 (文春文庫)LAコンフィデンシャル 下 (文春文庫)ホワイト・ジャズミスティック・リバー [DVD]ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット [DVD]洗礼 1 (ビッグコミックススペシャル)洗礼 2 (ビッグコミックススペシャル)洗礼 3 (ビッグコミックススペシャル)「空飛ぶモンティ・パイソン」“日本語吹替復活”DVD BOX未来世紀ブラジル スペシャルエディション [DVD]デイヴィッド・リンチ・ワールド DVD-BOX【期間限定生産】