ウンスジ(?)が作るロールシャッハ。

 俺は未だにオムツのようなものをしている。別に失禁するせいじゃない。痔の傷が手術後も完全に塞がっておらず、常に傷が傷汁(きずじる)を滲出させているので、下着を汚さないためと、塗布する注入軟膏を定着させるためだ。ケツに生理用品のような綿入りガーゼを挟み込み、下着をつけ、その上から包帯を保護するネットのような形のパンツ(パンツ型ネット?)でガーゼを固定するという面倒なもので、これがあるせいでおちおち遠出ができない。無論外泊や旅行などもってのほかである。傷は露出しておらず、出血しても大した量ではないので生活上の苦痛は前回の手術でなくなったが、傷自体は存在し、そのためにまた肛門が狭窄を始めているので再手術の検討中というわけだ。
 だから毎回ガーゼを取り替えると、ガーゼには傷の出すリンパ液が描く“ウンスジ(原因はウンコではないが、『三宅裕司ヤングパラダイス』風に、あえてこう表現する)”がその度ごとに形を変え、挟み込まれたケツの形状に沿って、左右対称のロールシャッハ模様を描出している。
 確かロールシャッハテストは、ロールシャッハ博士が開発した、左右対称のインク染みを被験者に読み取らせて、想起するものを人格分析の指標とするものだったはずだが、毎回の俺の結果を客観的に判断したら、得られるデータは何かあるのか?と思うほどに、自らが作り出した模様を見てきた。そうじゃなくても、毎日写真に収めてデータを蓄積すれば、何か意味をなしたかも知れないが、最も酷い時にはそのガーゼ交換で15分以上要する時もあり、今はそう考えるだけの余裕も生まれてきたということだと思いたい。
 つまるところ、俺を取り巻く境涯は、流れに任せて、行き着くところまで行き着いた追放の地みたいなもんだ。よくあるだろ?ドブの流れる先にある、大きなゴミを避けるための鉄格子を。あれに引っかかった大きなゴミが俺だということだ。それは当然の結末であり、だからそれ自体をどうこう論じるつもりもない。ましてや、その流刑地で味わう孤独は、当然それ自体が、シーシュポスの課されたそれのように、俺に課された刑罰だということは、よく認識している。
 そして刑罰には課されるべき、そいつの罪科がある。恐らくそれは俺の場合、自身が抱く反社会性、鬱屈に起因する逆恨みのような、不断の爆発をはらむ暴力性ゆえにだ。もちろんコンプレックスに対する武装として、そうした傾向を自身に過剰に強いてきた結果、定着してしまったものもある。なので、人前に出るなどという、数少ない機会の与えられた時は、自分を見えない鎖でがんじがらめにし、暴力を無効化した上で人前に出る必要がある。それは普通の人間が、前のチャックが開いていないか確認して外出するのと同じに自然で、他の人間には面倒でも、今や不自由に思わないほど慣れちまったのも事実だ。なぜなら、そんな状態でも孤独の不毛よりは遥かにマシだから。
 では、行動の制約まで繰り返し課される痔は?これは発端こそ俺自身の不摂生に起因している(さらに限定的に特定すると、孤独からの逃避に伴う過度の飲酒等だと考えられる)が、避けられない闘病を俺自身も受け入れる覚悟をした以上、これは俺にしか乗り越えられない、俺だけの通過儀礼のような気がしてきた。人間でいるということ自体を拒絶しようとしている俺にはもう遅いだろうけど、完治させれば、ようやく一人前の成人男子として社会に受け入れられるのかも知れない。その社会は、きっと俺しか存在しない社会に違いないのだが。


 一観客として「フロスト×ニクソン」へ。元々は舞台劇というだけに、場面転換も少なく、予算的にもロン・ハワード作品中小規模な部類に入るものながら、ハワードの現時点ではかなりの傑作に位置するだろう。「天使と悪魔」とかには何も期待してないが、昔の「スプラッシュ」や「コクーン」なんかは個人的に大好きだったりもするのに、本当に節操のない職人として、今や“大味大作量産者”と化しているロン・ハワード的には、舞台としての完成度の高さゆえに、本当にやりたかった仕事とは分かる。ちなみに、「デビルスピーク」や「処刑ライダー」でお馴染み、他にも「オースティン・パワーズ」や「バーブ・ワイヤー/ブロンド美女戦記」という、素晴らしい俳優仕事を誇る監督の弟、クリント・ハワードも、今まで兄貴の作品にはチラホラ顔を出していたが、今回も出るので注意。また、デビュー当初は親父が女装したようにしか見えず、そこに美を見出せなかったブライス・ダラス・ハワードもようやく見慣れてきたみたいに、ちょっとロン・ハワード観が変わるほど娯楽作だった。一見、大統領辞任後、講演などで細々と食いつないでいたリチャード・ニクソンから、報道人への野望を持ったテレビ司会者が舌戦を挑むだけにも見える話だが、互いの困窮状態を丹念に見せることで“もう後がない男”同士のコンクリートデスマッチとして、実録風に仕立てているところが功を奏している。何よりも、かつて「ドラキュラ」を演じたフランク・ランジェラによって演じられるニクソンは、老獪でありながらもセクシーでダンディだ。ヅラを被っても全然似てないくせに、これが段々ニクソン本人に見えてくるところも凄い。つまりランジェラ自身の老獪さが役に助力している。さすがにエイドリアン・ライン版「ロリータ」で、フルチンで全力疾走しながら、劇作家クイルティにエレガントな風情を醸していただけの事はある。ランジェラの功績はもちろんだが、そもそもリアルのフッテージを使用した「フォレスト・ガンプ」を始めとして、オリバー・ストーンの「ニクソン」だの、「ウォッチメン」の特殊メイクによる再現(出演)など、ニクソンネタの作品は、一つのジャンルと呼べるほど枚挙に暇がないが、それだけアクも強く、題材としてもオイシ過ぎる人物で、ショーン・ペンが殺そうとするのも分かる。しかも、全く奇しくも劇中で“靴を贈られた”彼のエピソードが、今や“靴を投げられた”男との格の違いを見せつける象徴になってしまうとは。現実も意外と捨てもんじゃねぇなと思うし、その点ではひっそり公開される「ブッシュ」とも比較したい気分に自然に持って行ってくれる。まぁ、「FUCK」で晩年のハンター・S・トンプソンは、「ニクソン(“親父”呼ばわり)に比べりゃ、ブッシュなんざガキみてぇなモンだ!」的な発言をしているだけに、各人の発した“FUCK”のカウント数に限らず、人物としての能力の差は明白だけどな。


 一観客として「DRAGONBALL EVOLUTION」へ。基本的に人は自分が接する対象が何を好むかで、その接し方を決めるものだ。そういう意味で俺は、接する人間の世代を問わず「ドラゴンボール」だとか、「キン肉マン」だとか、「ガンダム」だとか、「ビックリマン」だとかを、即答する奴をまず信用しないようにしている。それは、そいつがこれらのルーツを度外視して、盲目的に影響されていることを哀れに感じるから、というのが大きい。そして中でも「ドラゴンボール」は、漫画表現の可能性の幅を狭め、物語を能動的に読み込む読者の質を低下させるような現状を生んだ、その発端になった作品として殊更卑下している。鳥山明もそうした流れに抵抗しようとした空気は原作だと後半やや窺えるが、一大産業となってしまった作品(要はカネだ)に結局屈したのだろう。だから鳥山明もこの作品にはあからさまな否定はしてないが、自作の映画化とは受容していないことがコメントからも窺える。当然俺も直撃世代であり、それだけに漫画自体にこうした愛憎半ばする想いがあるが、正直好きではない。話が長く散漫で、画は稚拙だし、何より暴力の愉悦と不快さがない。それでも確認に足を運んだが、作品のエッセンスを映画に引き寄せようという、ギリギリの頑張りはあったが、やはり酷い。結論としては映画的にバランスが悪いわけではないし、原作を知らない人間が見れば続編すら期待するだろう。しかし原作を知らない人間がもともと行くような質の映画ではないので、嫌でも観客は原作との比較をするに決まってる。その点、俺は当時映画館で爆睡したのは認めるが(後日ビデオで観直した)、「北斗の拳」の方が、映画化部分が限られていたために、原作より引用するエッセンスは少なくて得していたことが分かる。それでも映画的なバランスが悪いので「北斗〜」が駄作なのは言うまでもないが、作品の舞台までは変えてなかった。今回の最大の失敗は、現代のアメリカに変えたことが最大の間違いで、そこさえ原作を最低限死守すれば、多少は酷評を抑えられたのではないかと思う。ただ、個人的には“「ゴーストバスターズ」第四の男”こと、アーニー・ハドソンによる“ブラックの仙人”という描写は結構気に入っており、今も「暁!!男塾」に登場する“アフロ仙人”に見られるような、“ジャンプ系”漫画特有の、本質的に読者もバカにした、作品自体の“バカバカしさ”を、無意識にもスタッフが原作から感じていたことの証だからである。なので「ドラゴンボール」についての映画化は、この程度の出来でも許されるが、「Astroboy」の出来が半端なようでは、映画館で暴動が起きる程度じゃ済まない。戦争になるぞ。実は戦争になって欲しくてたまらないが、今のところ解禁されている予告では、一応その心配はなさそうだ。シーシュポスの神話 (新潮文庫)ASIN:B001S2QNM8天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]スプラッシュ 特別版 [DVD]コクーン [DVD]デビルスピーク [VHS]処刑ライダー [DVD]オースティン・パワーズ シャガデリックBOX [DVD]バーブ・ワイヤー [DVD]ドラキュラ [VHS]170299102フォレスト・ガンプ 一期一会 スペシャル・コレクターズ・エデ [DVD]ニクソン [DVD]ウォッチメン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]リチャード・ニクソン暗殺を企てた男 [DVD]FUCK [DVD]ドラゴンボール EVOLUTION (特別編) [DVD]西遊記〈上〉 (岩波少年文庫)宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))ウルトラマン Vol.1 [DVD]北斗の拳【劇場版】 [DVD]ゴーストバスターズ コレクターズ・エディション [DVD]暁!!男塾―青年よ、大死を抱け (1) (ジャンプ・コミックスデラックス)鉄腕アトム Complete BOX 1 [DVD]