君は“海をこえてやってきた不死身の男”を見たか。

 当時3、4歳だった俺にとっての最も古い“テレビCM”体験として、かつて色々な人間にその話をしたが、誰一人として共感も理解も得られなかった件がある。要するに俺がその話を振った人間が、単にその商品を知らなかっただけだが、なぜ強烈に記憶し続けているかというと、人生で初めて強烈に「欲しい!」と思って手に入れられなかった輸入玩具のCMだったからである。
 その商品名は“海をこえてやってきた不死身の男・ミスターX”という人形なのだが、「タイガーマスク」に出てくる、虎の穴・極東地区担当マネージャーとは関係ない。人形はゴムでできた袋状のボディに液体が封入されており、その流動性と伸縮で、基本サイズから考えられる以上の伸び縮みをするという金玉袋みたいな代物で、後に純粋なゴム製で伸縮する“キン肉マン”やら“北斗の拳”のキャラクター人形が発売されたが、明らかにそれとは違い、加工の手間暇と重量感のありそうなビッグサイズが印象的なブツであった。しかも、“ミスターX”はそんな半端なメディアミックスをしなければ売れないほど、脆弱なキャラクター性に商品価値を依拠していないのだ。
 金髪の横分け頭にマッチョな肉体でパンツ一丁の、プロレスラーを髣髴とさせるルックスの“ミスターX”は、単純に“異様に伸び縮みする人形”という特性のみをセールスポイントにするという、極めて潔い売り方をされていた。これまた後年、同様の造型スタイルで、関連商品として“ハルク”や、“Mr.ファンタスティック”のように、キャラクター性を付与された人形が見受けられたが、当時はこの“ミスターX”のみであり、パンツ一丁ながらプロレスラーなのか、ボディビルダーなのかの説明もCMではゼロ。その単品のCMが流されまくって暫くして、“ミスターX”に敵が登場する。それはレスラーではなく、緑色の宇宙人だった。同じ商品的特性を持つ“アンドロ星人”と名づけられた人形は、“ミスターX”と戦わせる(引っ張って絡ませる)ことによってのみ、その商品価値を発揮するもので、単品で欲しがる子供はいなかっただろう。だがその時俺は、「“ミスターX”はプロレスラーなどではないのだ」と勝手に確信した。
 以来三十年以上が経過しても鮮明に記憶が残り続け、事あるごとに力説し、誰にも分かってもらえずにいるが、なぜこんなに力説するのか?それは手に入らずじまいだったからである。しかし、今も「欲しくない」と言ったら嘘になるが、「だから今も欲しい」と言うのでもなく、俺の人格形成や嗜好を決定的にしたものとして忘れがたく、故に強烈な記憶なのである。
 つまり、俺を潜在的に支配して自由にしてくれないマチズモ(あるいは、そうしたものへの恐れ)の原点であり、アメコミ好き、アメトイ好きの原体験でもある。この商品を手に入れられなかった事実が、今に至るこれらのジャンルへの希求・偏愛の原動力となっているのであり、それは“暴力で物事を解決する”洋画や海外文学への希求にもうっすら繋がっている。また、スーパーマンを筆頭とする、“バタ臭い顔の横分け”を見ると、無条件にヒーローと見做してしまうという精神性の“刷り込み”が俺に対して行われた瞬間でもある。その延長として、“バタ臭い顔の横分け”アイコンとして分かりやすい“G.I.ジョー(12インチ版)”や、透明だが“バタ臭い顔の横分け”である“変身サイボーグ”ならびに、銀メッキだが“バタ臭い顔の横分け”である、フードマン以外の“ミクロマン”にもスムーズに入って行けたのだ(もちろん、アニメや漫画主体ではない、清廉な“商品ありき”の戦略がいずれにも共通している)。
 むろん、こうした流れが今回の8インチ版の映画化「G.I.ジョー」に対する、精神的な受け入れ態勢の下地を形成しているのも言うまでもない。それでも結局、何でこんな話を延々しているのかと言えば、“アメコミ映画 ”や“ゲーム映画”に次ぐ新たな鉱脈として、完全にネタ尽きのハリウッドで“アメトイ映画”の企画が、「トランスフォーマー」の成功によって次々に立てられつつあることに関連している。さらに、その情報を精読していて、一つの不審な単語に突き当たった。それは2011年公開予定の、「Stretch Armstrong」という“アメトイ映画”の企画である。“Stretch Armstrong”は輸入玩具であった“ミスターX”のオリジナル商品名を指すらしく、つまるところ、我々にとってはストーリー開示がなかったために出自不明の“海をこえてやってきた不死身の男”までもが映画化されるという、狂った事実が発覚したことが、俺にとって三十年越しの衝撃だったということだ。
 結果として、長年憑かれていたルーツにも言及するいい契機となったので、この衝撃発表は決して無駄ではない。さらには、宇宙は広がり切った時、その始まりと同じ点に向けて収縮を始め、一切は逆行しながら終わりへ向かう(そしてまた始まる)という説を「ニャロメのおもしろ宇宙論」で読んだことがあるが、結果は別としてこれが事実で、人間という小宇宙にも当てはまるならば、“ミスターX”の再考察は、俺にとって、そうした“折り返しが始まっている可能性”について考えるきっかけにもなった。不死身でも何でもないが、俺もまた一種の“ミスターX”ならば、その人生は、伸び切り、既に縮み始めているのかも知れないから。タイガーマスク BOX 1 [DVD]タイガーマスク BOX2 [DVD]タイガーマスク BOX3 [DVD]キン肉マン 1 (集英社文庫(コミック版))北斗の拳・愛蔵版セット超人ハルク オリジナルTV : スペシャル・コレクション [DVD]ファンタスティック・フォー[超能力ユニット] <新生アルティメット・エディション> [DVD]ファンタスティック・フォー:銀河の危機 (特別編) [DVD]スーパーマン ディレクターズカット版 [DVD]ミクロマン―完全版 (01)GI・ジョー THE STORY OF G.I.JOE [DVD]G.I.ジョー大図鑑―1960&1990年代、黄金時代のG.I.ジョー大集合! (ワールド・ムック (131))変身サイボーグ大百科 (斎藤和典コレクション)トランスフォーマー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]G.I.ジョー [DVD]トランスフォーマー/リベンジ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]ニャロメの おもしろ宇宙論 (角川文庫 (5967))