観過ぎが誘った失禁、その恥ずかしいシミ。

 そう、漏らしてしまった。だから、以下は漏れ出てきたものを、消化されたもの、未消化なもの、そのままに並べておく。昨年入院した時に、病院より「おしり日記」というものを支給され、逐一記録させられたが、その映画版ということ。我慢していたが、どうやら脳からも漏れ出てしまうものはあるようだ。だが一旦漏れるのに身を委ねてみたら、こちらは気持ちが良かったとは言えない。全てが崩れていく感じは、あっちの方が上で、確実に気持ちいいな。


 アルシネテランさんのご招待で、「誰がため」試写へ。第二次世界大戦時における、デンマークの対独レジスタンスの話。邦題からは分かりにくいが、原題は核となる二人のレジスタンスのコードネーム、“フラメン”と“シトロン”を指しており、物語もまさに今まで歴史の光が当てられなかった、彼らの生き様そのもの。あまり賛同が得られにくい中で自国を侵略されていると感じたレジスタンスたちがゲシュタポを敵に回し、殺し殺されの応酬である。ルックス的には赤毛の眩しい美青年でありながら、その奔放な行動で自滅していく“フラメン”よりも、「カジノ・ロワイヤル」の“ル・シッフル”であるために非常に強面ながらも、家庭とレジスタンス活動の両立に悩まされる“シトロン”の生活感に痺れる。なぜかゲシュタポの親玉が「セントアンナの奇跡」で高潔なドイツ軍将校を演じ、「イングロリアス・バスターズ」では居酒屋の剣呑な親父を演じていたのと同じ俳優なんで、ゲシュタポなりの敵への敬意の払い方なども説得力がある。なにぶん実話なので、歴史が証明するようにロクな終わり方はしないが、その分ヒロインにはせめて華が欲しかった。そうした映画的な愉悦を廃してでも作品が伝えたかったのは、“大義の見えにくい戦いでこそ、確固と大義を見出し、それを貫いて戦い抜く者だけが英雄であり、その資格がある”ということ。そう、何をやるにしても、ブレてはイカンということよ。ちなみに“シトロン”でもあるマッツ・ミケルセンの更なるバトルは、「CLASH OF THE TITANS タイタンの戦い」に期待するとしよう。


 ファントム・フィルムさんのご招待で、「ボーイズ・オン・ザ・ラン」試写へ。画力の問題もあり、別段現代を意識したマンガを読む気にはなれないが、多分物語自体は志の高いものなんだろう。その映画化である本作も、本来ならクライマックスで明かされるであろう主人公のモヒカン姿(万国共通に“男が覚悟を決めた姿”)が臆面もなく晒されている時点で、作品自体にも並々ならぬ気迫が感じられた。実際作品はその終盤のカタルシスに向けて、主人公のダメ描写をこれでもかと積み重ねていくわけだが、風俗や下ネタ関係の描写に監督の観察眼が非常に効を奏しており、その細かい作り込みに、ミニチュアの完成度を見るような好感が持てる。さらにいくらダメさを描いても、主人公が全く不快にも惨めにも見えないのは、この青年が本質的に卑俗でも邪悪でもない(=ダメではない)ことを示しているので、その点にはファンタジーを嫌でも感じてしまう。だが、最終的に主人公の価値観と対立する松田龍平の価値観や、龍平に籠絡される男女たちの邪悪さが非常にポピュラーかつ徹底していて(男は愚かさが、女は自らの心の弱さに由来した卑怯さが際立っている)、さらには龍平の身体能力を生かした暴力描写もその不快感を助長し、主人公側のカタルシスが突き抜け過ぎない様、効果的に機能している。加えて、青木和代さんや渋川清彦など、力の抜け具合に定評がある面々を主人公周辺に配置することで、日常の中にも激しいドラマが成立していると、ドラマを放棄した俺のような人間には強く感じさせてくれた。特にソープ嬢を演じたYOUはそのリアリティの高い佇まいと空気感が素晴らし過ぎ、単純にソープに行きたくなる。


 一観客として「パブリック・エネミーズ」へ。作り手の思い入れはたっぷりなのだが、実録にしたいのであればこそ、突き放した視点は必要で、ましてやその対象が犯罪者なのだから、それを欠くことができないのは自明である。マイケル・マンはその微妙なさじ加減を、既に虚構であるはずの自作「ヒート」にて実践しているので、同様の手法を取りたくなかったのかも知れないが、後に組織に切られて破滅するメルヴィン・パーヴィスについても、わざわざクリスチャン・ベイルを起用しているだけに、彼の私生活の破綻ぶりなども描き込んで欲しかった。しかし、銃と車についての描写は時代考証がしっかりしているので、その重々しい銃撃音の応酬と共に、銃撃戦については見応えがある。ただ、そこに至る強盗の手口に関しては、手際の良さを強調したいからなのかワンパターンで、デリンジャーの美化ばかりが目に付いてしまう。それだけに最も気になっていた彼のトミーガン使用描写だが、実はスチールで目にしたより、当時からこの使用法は不評とあらゆる場で言及されているにもかかわらず、乱射シーンでのドラムマガジン装着率がかなり高く、拍子抜けは免れない。その埋め合わせからか、デリンジャー周辺に登場するの実在ギャングが、スティーブン・ドーフなどを筆頭にキャスティングも豪華な上、極めて凶暴に描かれており、少ないながら強い印象を残す女優陣と共に、全体での完成度の向上には貢献している。また、引いた視点では、FBIがギャング掃討に血道を上げている陰で、(後に一部フーヴァーとも結託する)組織犯罪が肥え太ってゆく過程は丁寧に描かれており、デリンジャーの射殺シーンのリアリズムと共に従来のデリンジャー映画にはなかった視点だとは言える。実録ものとしては「ジャック・メスリーヌ」に到底及ばないが、「アバター」と重複している数名のキャストや、隠れキャラのようなドン・フライが、そのマイナスに作用しているということではない。  


 一観客として「キャピタリズム マネーは踊る」へ。冒頭の強盗の映像コラージュとイギー・ポップの曲を組み合わせるセンスは、ジム・キャロルの曲で投げやりに世界を破滅させた、「ドーン・オブ・ザ・デッド」のセンスに近く、あの作品とは世界の終わりを前にした人間の捨て鉢なイメージも共通している。また中身も、過去の「ボウリング・フォー・コロンバイン」同様、今回は銃とは関係がなくとも、現実の自由競争社会の行き着くところまで行き着いてしまった最終形態が描かれる。現実はフィクションや風刺以上に、見えにくいが深刻な形で我々を侵食し、ドキュメンタリーである分洒落になっていないのだ。そこでは経済崩壊による地元を切り取った「ロジャー&ミー」のバージョンアップ版リメイクのような光景が今や国中に広がり、強いデジャヴを引き起こされる。そんなまるで「パブリック・エネミーズ」時代の再来のような世界に、エドワード・バンカー作品と同じ名のプロダクションを持つムーアが、強欲そのものの一部の企業家・銀行家に向けて試みるのは、アウトロー的な手法ではなくとも、デリンジャーにも似た特攻である。ムーアはその様子をサービス精神から何とか笑いに持って行こうと努力するが、扱う現実の重さに、皮肉にも作品を重ねるごとに笑えなくなって行っている。事実、動物ドキュメンタリーなどとは違い、人間の邪悪さ、強欲さが浮き彫りになり、俺にさえ悔し涙が出てきた程、民主主義を棄て、奴隷制の復活と言っても過言ではないアメリカが明らかになる。本来、経済や政治こそ弱者(外見上の“守るべき者”というだけの意味ではない)への愛であるべきだが、持てる者は一生でも使い切れない金を持っても解消し切れない不安を抱えているのだろう、その解消に何人を踏みつけにしても構わないという病としても深刻だ。恐らく人類のみの脳の異常な発達がその原因だろうが、その脳を別方向へ使う想像力も持ち合わせているので、そのかつての試みと共に、微かな希望も見せて強引に締め括られる。しかし、決して「マネーは踊る」というような内容ではないことだけは確かだ。


 一観客として「カールじいさんの空飛ぶ家」へ。亡くなった妻との思い出そのものになっている一軒家にしがみついて生きる老人の話だが、その家をまさに“風船おじさん”の“ファンタジー号”として描いたところが、日本人にとっては本作を画期的たらしめているのである。しかし、主人公の爺さんは、生来の反骨や修羅場をくぐった過去があるわけではなく、単に年相応に屈折しただけの、“ナチュラルに頑固な”爺さんであった。要するに「グラン・トリノ」の主人公、コワルスキーと酷似した環境に囲まれながらも、“相応に頑固な”出自やバックボーンを持ってはいないので、「爺さんのたった一人の戦い!」とはならずに飛んでしまうわけだ(逃避・心中とも言える)。だが、爺さんには「怒りと絶望」ではない道づれがおり、物語を大いに疾走させる役回りまで登場する。その道づれが“東洋系の少年”だというのは「グラン・トリノ」との奇妙なもう一つの共通点だと言えるが、複雑な家庭事情を抱えてはいても、あまりに子供なので、話を深くするほど劇的には成長してはくれない。代わりにアクション描写や、アニメならではの表現が、飛んだ後の展開に散々盛り込まれているので、3D版で観た場合、高所恐怖症の人間なら「アバター」より本作に恐怖を感じるだろう。そのくらい、風船由来の“ゆったり舞う感じ”と、“とめどなく高くなって行く感じ”がカメラワークによって融合が果たされているので、アクション的なカメラムーブも“高さの危険さ”と“動きの危険さ”に両立ができているのだ。個人的には飛ぶ夢を良く見るので、そのつかみどころのない浮遊感を視覚的にここまで表現できたのは特筆に価する。惜しむらくは、爺さんの肉体が中途半端に不自由なので、亡き妻への内的な葛藤の果てに見せる巻き返しに、爽快感が半減している。この点に関しては出発点が無駄にイーストウッド的なだけにその準備なしの“風船おじさん”的無謀さは買うが、あえて逆を行き、もっと爺さんは不自由(“風船おじさん”同様怪我をする展開もアリ)で、それゆえに深く屈折していても良かったはずだ。007 カジノ・ロワイヤル (初回生産限定版) [DVD]セントアンナの奇跡 プレミアム・エディション [DVD]イングロリアス・バスターズ [Blu-ray]タイタンの戦い 特別版 [DVD]タクシードライバー スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]パブリック・エネミーズ (ジョニー・デップ 主演) [DVD]ヒート プレミアム・エディション [DVD]デリンジャー [VHS]ジャック・メスリーヌ / パブリック・エネミーNo.1 Part.1 [DVD]アバター [初回生産限定] [DVD]ボウリング・フォー・コロンバイン マイケル・ムーア アポなしBOX [DVD]ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット プレミアム・エディション [DVD]ロジャー&ミー [DVD]ドッグ・イート・ドッグ (ハヤカワ文庫NV)カールじいさんの空飛ぶ家 [DVD]グラン・トリノ [DVD]