“超・出会い系”がもたらした幸福!++

 基本的に金遣いが荒いと自分では思わないが、「マルサの女」において、“びっこ役の山崎努”が語ったほどの吝嗇の美学といったものもないので、特に節約や貯金を心掛けているわけでもない。つまり自分で意識されるほどカネへの執着はないということだ。それは所詮人間が作った概念だから、という点に尽きるのだが、一方、俺の中での物についての執着はかなりのものを感じる。
 しかしそれは、金銭的な価値を持っている、あらゆる物品のことではなくて、中でも知識を与えてくれる、本などの“物”についての場合である。実際キリのいいところまで読みかけていたので大事にはならなかったが、最近電車で寝ていて本を落としてしまったことから、その実感を改めて思い知らされた(結局本は新たに買い求めた)。
 だが、これはよくよく考えてみると「本を失くしたから悔しい」ということとも違うようで、本を通して時空を超え、その著者と語らっていた行為が中断されたことに対する狼狽や悔しさに近い感情なのだった。
 要するに“物”に執着しているのでもなく、“知識”に執着しているのでもなく、本を通して出会っていた“人”に執着していたのである。その当の“人”たちはもう、とっくに死んじまっている人や、実際に関わると危険なキチガイばかりなので、俺のことなど何とも思わないし、俺の存在さえも知らない奴らばかりなのだが、いつでもとことんまで語らいに付き合ってくれる気のいい奴らである。だから本に囲まれているということは、時間も空間も言語も超えた人々に囲まれているということであり、俺は寂しさを感じたことがない。
 俺はどうも、ガキの頃から菓子が欲しくて駄々をこねるということがなかったようで、事実その記憶も自身ではあまりない。代わりに俺自身にその記憶がないながらもよく聞かされるのは、本が欲しくて駄々をこねることばかりだったというのだ。
 これも恐らく、“物”としてではなく、実際は“超・出会い系”であるところの本が、たくさんの“人”に引き合わせてくれたので、元来ことさらに寂しさを嫌う俺は、余計にそれを希求していたのに違いない。菓子は寂しさを消してはくれないが、奴らは全部死人でも、寂しさを消して、色んなことを教えてくれた。これは現実のキチガイや悪人に出会って被害に遭ったり、貴重な時間を無駄にするよりも、遥かに実のあることなのは間違いがない。
 しかも俺はまだまだバカのままで、生きる限りは色々なことを知らなければならないから、きっとこれからもそれは変わらないだろう。全く“超・出会い系”さまさまってことだ。


 ワーナー・ブラザーズさんのご招待で「第9地区」試写へ。エイリアン入植の過程はまんま「エイリアン・ネイション」ミーツ「幼年期の終わり」なわけだが、彼らのルックスが昆虫型なのが、人類側の非人道的な扱いへの罪悪感を麻痺させるのに一役買っている。お蔭で本作が描こうとしている“差別”の本質について我々も試されることとなる。エイリアンを取り巻く状況は、外骨格ゆえ表情に乏しいことが、感情や知性の欠如をミスリードさせ、俗信の多いアフリカという土地柄も相まって、冷静に考えれば“食人”と見なされる行為さえも散見されるような悲惨なものである。しかも生態解明はおろか、中途半端に人類より進んだテクノロジーが露見してしまったため、彼らは「デビルマン」の“悪魔特捜隊本部”のような扱いを受けていた事実を、エイリアンを管理する企業側の主人公がとあるウィルスに感染したことで、地獄巡りのように体感していくのである。なので正直、導入としてのドキュメントと中盤からのドラマはかみ合っておらず“ドキュメント風”としか説明し様がないが、件の食人描写も含めた、“ゲロ”、“小便”、“過剰な人体破壊”といった一連の描写は、製作者であるピーター・ジャクソン作品へのオマージュに溢れた露悪的な作りで好感が持てる。さらには、主人公の感染進行の過程は、リメイクも心配な「ザ・フライ」的であり、その排除の構図やオチは、「蔵六の奇病」やら、「猫目小僧」における「大台の一本足」あるいは「みにくい悪魔」に通じるフシさえある。ところがそうした深みとは別に、ギャングと傭兵部隊の銃撃戦やら、「アバター」でも証明済みのパワードスーツ大暴れ、「死霊のえじき」からのインスパイアが窺える決着などがさりげなく入っているので、やはり破格の作品なのは言うまでもない。しかし、続編への含みもあるだろうが、都市上空の長期滞在も含め、エイリアン側がその科学力にもかかわらず、なぜ隷属に甘んじているのか決定的な理由は明示されないままだ。


 一観客として「ラブリーボーン」へ。殺しを描写せずに連続殺人を扱うというのは大きな挑戦であるが、非常にベタな表現として、日本人は既にその手法を知っている。要するに本作でも予めバラされている殺人犯役のスタンリー・トゥッチは素晴らしくても、「ジョジョの奇妙な冒険」第四部に登場する“吉良吉影”そのものだからである。だからと言ってこの漫画が、現在も無駄に延命されている無意味な表現であることには変わりがないが、この手法や同質の罪科に対する断罪方法を先取りしていたことにおいては評価しなければならない。別にそればかりの話ではないので必要以上に拘泥するつもりはないが、ピーター・ジャクソンの新作としては充分に前作までの規模よりは縮小されており、以前に指摘した“ピーター・ジャクソン正常化計画”は着々と進行していることが窺える佳品であった。しかも、トゥッチ扮するハーヴェイ氏が固執する、個人的に大好物な“ドールハウス”や、映画独自に描写されたブレスレットの“家”は、いずれも超クローズアップが効いており、虚ろだがメタなもう一つの世界が描出される。また、娘の死後、父が執着を放棄する“ボトルシップ”や、プロローグの“スノードーム”についても同様であり、つまりそれは「乙女の祈り」におけるボロヴィニア調の細やかな表現が復活しているということである。さらにゴス少女・ルースは、“屈折しなかったポーリーン”であり、怪異に唯一アクセスできる“フェイ・レイ”でもある。ただ、殺人者の極めて私的な世界を描いた過去の作品とは一線を画し、家族を含めた多視点の物語である上、セックスと暴力は大幅に控えているのは、監督の成熟アピールに見えてもったいないが、原作と違い肘の骨すらも見つからず、死の理由も過程も知らない主人公は、要するに高校時代、JR恵比寿駅東口の“ルノアール”で一回だけデートしてくれた、“あの娘(隣の駅の学校に通学)”に直結する、「夏色怪談」ってわけで、またトラウマに向き合わされちまったぜ。


 一観客として「Dr.パルナサスの鏡」へ。ヒース・レジャーは物語の牽引力にはなるが、「ブラザーズ・グリム」ほど起承転結が明解でない。かと言って難解でもないので、本作の方が、よりギリアムらしく、ところどころ意図的に外してあり、慣れた人間には気持ちいい時間だ。しかしCGはいずれも粗く、見所は“子供、あるいはギャングの想像力”程度。それは元来の物語が、レジャーの代役が可能な程度に大活躍するわけでもなかったことを示し、「ダークナイト」が彼の真の遺作とは思い知らされる。代わりにむしろリリー・コールの奇形性とトム・ウェイツの枯れっ振りが強調されて感じられる作品ということだ。そのいずれも予告で既に分かっていることではあるが、ウェイツとロン・パールマンの区別が一時期つかない時代があった身分としてはダメ押しとなった。奇形性という点では、“ミニー・ミー”ことヴァーン・トロイヤーが出ずっぱりで、「ラブ・グル」以上に出番が増えることで演技力が要求され、今後コールと共にその奇形性をアピールする場をもたらされるべきであることは本作のお蔭で重々承知した次第。当のパルナサス博士に扮するところのクリストファー・プラマーは、別にジョナサン・プライスみたいなギリアム役者でも充分機能したはずだが、ここでも代わりにピーター・ストーメアを「博士の異常な愛情」的にさりげなく配し目配せしている。また、一座に一緒にいる少年に扮したアンドリュー・ガーフィールドは、本作よりもデヴィッド・ピースの“ヨークシャー四部作”の省略映画化「Red riding」の主役なんで、本作での活躍はあんまり注目しないでおく。あ、一応エンドロールの後も待った方がいいとは言えるが、執念で「The Man Who Killed Don Quixote」も完成させようとしているからには、今回はSF(例:「〜ブラジル」&「12モンキーズ」)や、現代社会の純粋な狂気が支配する、ロジカルに歪な物語(例:「フィッシャー・キング」&「〜タイドランド」)が観たかったという心残りが何とも悔しくなる。マルサの女 [DVD]エイリアン・ネイション [DVD]エイリアン・ネイション2【字幕版】 [VHS]エイリアン・ネイション4【日本語吹替版】 [VHS]エイリアン・ネイション3【字幕版】 [VHS]幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))愛蔵版 デビルマン (KCデラックス)バッド・テイスト [DVD]ミート・ザ・フィーブルズ/怒りのヒポポタマス [DVD]ブレインデッド [DVD]ザ・フライ <特別編> [DVD]蔵六の奇病 (リイド文庫―Leed horror bunko)猫目小僧 1 (ビッグコミックススペシャル)猫目小僧 2 (ビッグコミックススペシャル)アバター [初回生産限定] [DVD]死霊のえじき 完全版 [DVD]ラブリーボーン [DVD]ラブリー・ボーンジョジョの奇妙な冒険(第4部) ダイヤモンドは砕けない 文庫版 18-29巻セット (化粧ケース入り) (集英社文庫)死刑執行中 脱獄進行中 (愛蔵版コミックス)乙女の祈り [DVD]キング・コング 通常版 [DVD]ダークナイト 特別版 [DVD]オースティン・パワーズ:デラックス [DVD]オースティン・パワーズ ゴールドメンバー [DVD]愛の伝道師 ラブ・グル [DVD]博士の異常な愛情 デラックス・コレクターズ・エデション (2枚組) [DVD]ブラザーズ・グリム [DVD]1974ジョーカー (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 250-1))1977リッパー (ハヤカワ・ミステリ文庫)1980ハンター (ハヤカワ・ミステリ文庫)1983 ゴースト (ハヤカワ・ミステリ文庫)未来世紀ブラジル [DVD]12モンキーズ [DVD]フィッシャー・キング [DVD]ローズ・イン・タイドランド [DVD]