俺に刺さったから、もうDEAD MANじゃない博士へ。

 今年に入って、習慣の上で大きな変化を遂げたことが一つある。それは俺が家族を半年がかりで説得してようやく実現したことなのだが、トイレに世界地図を貼ったことである。世界地図、と言っても、「堺市通り魔事件」の犯人が自室に描いていたような、“ぼくの考えたせかいちず”などではなく、もちろん本物の世界地図のことだ。
 なぜそんなことを思い立ったのかというと、常々地理が苦手で、その弱点を克服したいと考えていた俺に、下北沢の飲み友達(20歳程度先輩なので、そう呼ぶのはおこがましいが、そうとしか呼び様がない)、通称:博士(はかせ)が、地理克服の秘中の秘として教えてくれたのだ。曰く、「世界で事件が起きるたびに、トイレに入って世界地図と現場を照合する習慣をつけると、頭の中に地図が出来上がる」と。
 そしてようやくそれが自宅にて実現し、その習慣化に伴って当然ウンコの時間が長くなり、はや一ヶ月、かなり地図も細かく俺の中で像を結ぶようになって来たが、既に年末から胃ガンにより余命三ヶ月を宣告されていた博士はとうとう逝ってしまった。そうまで言われている人間に対し、俺が出来ることは何もないんで、無力さを感じる気持ち自体を封印して見守るしかなかったが、案外医者の言う余命が正確なのは驚異であり、かつやるせない。
 しかも還暦前の急逝である。さらに俺に限らず飲み友達がみんな若い、という点は“志村的”で、今年志村も還暦だから気をつけて貰わんとな。それはさておき、お世辞でも「カネや権力ではなく、男は知恵が一番!」と俺に力説してくれた唯一の人だったので、実は知恵のない俺は、代わりに多くの知識を獲得し続けることでその欠落を埋めて生きていこうと考えている。また、飲みに現れなくなる前に、松尾芭蕉の調べものを頼まれていたが、酔って聴いていた俺は、博士が「松尾芭蕉の何を」調べて欲しかったのか忘れちまった。弱ったね。
 逆に唯一たしなめられたのは、俺が「高学歴の女に欲情する」ことを表明したときだが、これは恐らく俺に学歴への偏見があると見られてしまったのだろう。実はそうではなく、“高学歴の異性”というアビリティが俺を興奮させるのであって、そういう因果なフェティシズムの持ち主というだけ、との真相は明かさずじまいだった。 
 こうして思いつくまま並べるだけでも、俺が過去に命がけで焦がれて、今は死んでしまった奴らは、俺の心を一つずつ破片にして奪って行ったが、奴らに比べて、俺の心が跡形もなくなってから知り合って逝った人たちは、みんな身をもって俺の忌まわしい記憶を上書きし、忌まわしい面影を一つずつ持ち出してくれているように感じる。
 だから今までの世話になった分は単純な感謝として、俺のようなY染色体を持つ存在にありがたがられても迷惑だと思うが、ありがとうございました。そしてこれから、俺の中で博士は嫌でも生きて行くことになるのは、ありがとうございます。俺の生き続ける限り俺の中で生きてくれるなんて。俺は誰かの中で生き続けられるか分からないが、そう考え始めると、恐らくは誰の中でも生きられないであろう不安を紛らせようと飲みたくなるから、実に始末が悪いぜ。


 20世紀フォックスさんのご招待で、「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」試写へ。劇中で“パーシー”が“ペルセウス”に由来したと暗示されるが、彼はゼウスの子ではなく、ポセイドンと人間の“あいのこ”である。なので、一応ギリシャ神話をなぞったペルセウスの話は(今回のはちゃんとしてないと思うが、)「CLASH OF THE TITANS タイタンの戦い」を待つとして、本作で“ギリシャ神話入門”にはもってこいの児童書ベースなのは分かった(俺には「アリオン」がそうだった)。ただ神々の役回り以外は主要施設が意味不明にも合衆国に全部納まっているので、全米をまたにかけた冒険には違いないが、そんなに勉強にはならない。さらに主人公の年齢層を原作より引き上げての映画化なので、設定がティーンのものになっているが、その成否は各自の受け止め方にもよるだろう。俺は単純にこれが連作化するなら、現時点のローガン・ラーマンは完成の域に来た超美少年なので、続編で主役が成長により、ルックスが激変するよりはマシであり、初期「ハリー・ポッター」を監督したクリス・コロンバスが過去の轍を踏まぬよう配慮したと見える。そして、俺が常々主張するように、相対的な価値として、美少年の方が美少女より賞味期限の短さ故に高いので、原作が無駄に長くないのも今後の映画化は申し分がない。また、ゼウスはショーン・ビーンで、向こうを張る「タイタン〜」のリーアム・ニーソンに対しても健闘、かつ意識しまくりなのが笑える。あっちはハデスがレイフ・ファインズなので、「シンドラーのリスト」組が復活するわけだが、こちらは「ナイト・ミュージアム」絡みかスティーヴ・クーガンなので、サテュロス役の黒人と合わせ、どうでもいいことに「トロピック・サンダー」組が復活している。しかし何と言っても俺はその妻ペルセポネ(パーセフォニー)を演じたロザリオ・ドーソンの出番が案外多かったので、正直続きが楽しみだ。もちろんジョー・パントリアーノもまた見たいし。


 一観客として「板尾創路の脱獄王」へ。やはり、“多才そうな芸人”は曲者である。特にその芸人が映画監督をする場合は気をつけた方がいい。俺は事前情報の印象から、「破獄」に着想を得た作品だと思っていたのだが、時代設定や登場人物の人間関係の深まりなどを見ると、確かにそれは間違いではない。しかしこれは映画監督の撮った“映画”ではなく、単に芸人が映画というメディアを使用して展開した“ネタ”であった。当然ながら実話ではないので、脱獄の手法においても、濃厚な人間関係においても「破獄」ほどのインパクトはない。むしろ敢えて似せておいてから、全く別の方向へ持って行ってくれることを期待もしたのだが、それは過剰な要求だった。そもそもその最終的なオチに到達するや、基本的に“刑務所映画”というジャンル作品でもないということが判明する。一般に「(低予算でもそこそこのサスペンスが用意できるため)潜水艦映画は外れがない」と言われるが、予算はさておき個人的には刑務所映画の方がジャンルとして外れがないと考えているだけに、この裏切りは画期的かも知れない。俺は芸人・板尾は普段から評価しているだけに、板尾が愚直なまでに芸人であることに気付かされた。会社の命令なのだろうが、単純にネタやオチにこだわるならコントでやればいいのであって、別に監督してまでネタやオチにこだわる必要はないのだ(それは松本にも言える)。それは同時に限られた予算と時間でそれ以上の起爆力を誇る、志村(とそのコントの)偉大さを示すものだし、板尾も松本同様、本来の資質が“志村的”なものであったということでもある。とはいえ本来は重用すべきなのにテレビでは不可能なミゼット俳優を登場させたり、時代設定を破壊する意味不明な選曲は、芸人とは別の板尾個人のセンスなのかも知れない。だが全体として、オチ以外の剪定の部分は北村龍平監督系のスタッフの力量であることは間違いがなく、好き嫌いは別にオチまでの興味を持続させる引力はある。 


 一観客として「インビクタス/負けざる者たち」へ。国のスポーツ振興というものは基本的に、民衆の政治への不満から目を逸らさせるのに最適の手段である。だが本作は、白人政権転覆後の南アフリカでは、政治への不満以前に、人種間の緊張が国を二分する可能性があったため、国民としての結束を期してスポーツが活用されたという、スポーツ振興のもう一つの作用を描いている。しかもこの作品をイーストウッドが監督することで、単なる憎しみの応酬を超えた“暴力の向こう側”を「グラン・トリノ」に引き続いたテーマとして提示することができたと言える。さらに、奇しくも扱われるスポーツは、その中でもとりわけ野蛮なラグビーであるだけに、ルールがなければそれがただの暴力でしかないことがストレートに伝わって来る。要するにそれだけラグビーという球技が「男組」初期に青雲学園に導入されていたアメフトよりも無防備なのは自明ながら、それ故に発する痛みや重みが、強いて挙げれば「男組」アメフト導入の元ネタ、「愛と誠」以上に強調されているのである。だからマンデラの提唱する、"One team, One country"が「スクール・ウォーズ」のオープニングに登場するスーパー"One for all"および"You need a hero"にも段々見えてくるし、当然ルールとかそんなに知らなくても問題ない。何しろワールドカップの話なので、超問題作「スクール・ウォーズ2」や“グロンサン”のCMで披露された“ハカ”もオールブラックス当人たちが披露する始末であり、これは「ワンス・ウォリアーズ」並みの殺気だ。一応実話なので試合以外の事件はないと分かっていても、大規模なCG導入による、「ブラック・サンデー」というか「パニック・イン・スタジアム」的なサスペンスまで用意され、ギャグのつもりかも知れないが、マット・デイモンの生え際と同じくスリリングに体感できる。ちなみにデイモンの筋肉が薬物の効果によるものなのか、「グリーン・ゾーン」での生え際も引き続き観察したいところだ。タイタンの戦い 特別版 [DVD]アリオン デラックス版 [DVD]ハリー・ポッターと賢者の石(1枚組) [DVD]ハリー・ポッターと秘密の部屋 (1枚組) [DVD]シンドラーのリスト スペシャル・エディション 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]ナイト ミュージアム [DVD]トロピック・サンダー/史上最低の作戦 ディレクターズ・カット 調子にのってこんなに盛り込んじゃいましたエディション [DVD]マトリックス 特別版 [DVD]マトリックス リローデッド [DVD]マトリックス レボリューションズ [DVD]破獄 (新潮文庫)破獄 [DVD]インビクタス / 負けざる者たち Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)グラン・トリノ [DVD]男組 (1) (小学館文庫)男組 少年刑務所 [DVD]男組 [VHS]愛と誠(1) (講談社漫画文庫)泣き虫先生の7年戦争 スクール・ウォーズ(1) [DVD]八月の濡れたボール (双葉文庫)ワンス・ウォリアーズ [VHS]Once Were Warriors [VHS]ブラック・サンデー [DVD]パニック・イン・スタジアム [DVD]