“活餌”と“本”になるための五年間。

 要するに始めて五年が経過したわけだ。別に誇ることもないし、そもそも誰かに言うことではない。俺が俺のために始めただけなので、その節目として一つの感慨があるというだけに過ぎない。
 ではなぜ始めたか。それは当時、ここ(はてな)で書くということが著作権を放棄することにはならず、さらに後々記述内容を個人的に書籍化することができるということを知ったためだ。俺は俺の思考を極力転写したいということはしばしば主張しているが、俺は何かを書いて書物として知らしめるというよりは、俺を見舞った極めて異常な出来事や、それによる意識の変容を記録したいというだけだったのだ。つまり、俺は単純に自分のために俺自身を書籍化したかったのだということになる。
 俺は異常な出来事により生きることを絶たれた。だが俺にはまだ、俺が存在することを奇跡と感じてくれる人たちがこの世界にいる以上、死ぬわけには行かないのだ。だからその死んだ自分を標本化し、徹底的に観察するために記録を始め、行き着く果てには、“エニグマの少年”のように自分を書籍化し、死んだ自分は本棚に収納してしまいたかった。その連続が五年続いたというだけのことだ。それが今後どのような変化を遂げるのかは分からない。でも、記録できる限り、心臓の鼓動が続いていくように、呼吸が続いていくように、記録を続けていくというだけのこと。
 それは人間が人間でなく生きなくてはならなくなった時、どのように生きて行かざるを得ないのか。そのいきさつの記録となってゆく。恐らくはロールシャッハとして転生したコヴァックスの記録も、そのような側面があったに違いない。また、そういうことを考えている時点で、まだまだ裏返ってはいない(記録は続けなければならない)ということにもなる。


 ファントム・フィルムさんのご招待で「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」試写へ。原題「復仇/Vengeance」は物語の発射と着弾を意味しているが、邦題は着弾までの慣性を与えるものが何かを示している。さらに最近のフレンチ・ノワールの邦題を模し、本作にてジョニー・トーの感性と融合したフランス資本の存在をアピールしている。娘一家を殺傷した犯人追跡に、異邦人で記憶障害を持つ主人公が殺し屋を雇う入り組んだ話だが、これを違和感なく製品化できたのは、職人監督としての面が発揮された成果だろう。また今回は海外資本との共作により、事前にシナリオが必要になったのが効を奏し、「エグザイル/絆」に比べると物語も無駄がない。“復讐”という暴力映画と相性のいい切り口から、本来パトスで行われる行為に「メメント」的設定を導入し、個々のエトスによって最終目的を実現するという、復讐を機に芽生えた信頼関係に焦点が置かれている。今回も無法を生きるアウトローだからこそ、キャラを侍のように二言のない者たちの生き様として提示しており、その証拠に、復讐とは無関係な敵の妻子には敬意を払う姿が描かれ、しかも再三強調されているのが邦題にある「約束」である。これは見事に「子連れ狼(特に後半)」の、復讐の念と侍同士の美学が拮抗する構造に重なっており、従って今回も笑顔で生命を賭けるアンソニー・ウォンたち殺し屋に、主人公がどう報いるかが見どころとなる。本来、「ザ・ミッション」からの一連の作品は、香港からの「GONIN」への返歌と見られがちだが、本作にて思想的にも比肩し得るものとなった。そのせいか今回もロケ地はマカオながら、「〜絆」とは違い、石井隆的な夜、そして雨の描写にも挑み、ビジュアルを補強している。特に地下道のシーンは、監督が私淑する、ジャン=ピエール・メルヴィルの「サムライ」にも通じる、アジア映画における冷たく硬質な表現の極致だろう。ちなみに毎回楽しみな料理シーンも、今回は元シェフという設定のジョニー・アリディが腕を揮い、男たちが一気に絆を深める、お約束の友情描写の面も兼ねているので、いつになく印象深い。 


 一観客として「バッド・ルーテナント」へ。「刑事とドラッグとキリスト」のリメイクと言い張ってるが完全に別物で、共通は汚職刑事が出るところだけ。なのでオリジナルに比べれば暴力描写が減っている上、それを誘発する麻薬摂取描写のバラエティとリアリティも(クスリのダメージ感も含め)低下。こう言ってしまうとダメ映画にも見えるが、もちろんいい所もある。それは珍しい現代劇として、雇われのヴェルナー・ヘルツォーク作品として分析するより、プロデュースも兼業のニコラス・ケイジ映画の集大成と見ることで明確になる。なにしろ「ワイルド・アット・ハート」の二人の運命を変えた町、ニューオーリンズが舞台だし、ハリケーンカトリーナの襲来から始まるところが、「ダーク・スティール」におけるロス暴動のように逆に寓意性を高め、そこにセイラー・リプリーが帰って来たと見た方がニコラス的には無理がない。その先の酩酊感は「リービング・ラスベガス」であり、ダメ刑事ぶりは「スネーク・アイズ」、しかも共演は「ゴーストライダー」で気に入ったのか、エヴァ・メンデスと、デジャヴの応酬が待つ。しかも「ラスベガスをやっつけろ」のトカゲ人間のごとく、狂気と日常が地続きの幻覚描写には、そのどこにも全てを達観した爬虫類がいる。彼らが見つめる善悪の彼岸は、オリジナルのように贖罪意識や疚しさが根底に流れても、都会の狂気に駆り立てられる男の焦燥ではなく、全てが場当たりでしかないが、思いつきでも親切はしておいた方がいい、という悪人への「蜘蛛の糸」みたいな説教になってるのがポイント。やっぱり世界そのものの悪意には、個人の堕落(と適当な善意)で対抗するしかないみたいだ。死人の魂のダンスやら、切れまくるブラッド・ドゥーリフなんかを見ると、ヘルツォークらしくもあるが、仄かなリンチ臭みたいなものも漂い、懐かしい気分になる。それにしてもフェイスリフトでもしたのか、ハゲよりもコメカミからモミアゲら辺の不自然さが気になった。


 一観客として「戦場でワルツを」へ。まずイスラエルレバノン侵攻という事実を題材にしたドキュメンタリーであり、それをアニメーションに変換しているという手法が何よりも斬新だ。単に斬新なだけでなく、そうした手法を取り入れるには必然性があるのだ。当時従軍していたはずの記憶が戻らない主人公(監督)にしてみれば、しばしば失われた記憶に関連するように思われる悪夢を描くには効果的であり、また悪夢や回想が現実の出来事と切り替わることなくスライドすることが、その主観的感覚を補足し、観客も味わうためには必然である。際限のないイマジネーションの産物でありながら現実と判別がつかない、“夢”という状態の再現性において、「パプリカ」を例に出すまでもなく、現時点でもアニメーションという表現手段に勝るものはなく、「スキャナー・ダークリー」などは“夢”の代わりに“幻覚”を表現するために用いて、ウィノナの裸と共に一定の効果を上げている。そして本作も一部実写も含まれるが基本はアニメーションなので、手描きのタッチは残した画風ではあるが、動きのそれは手法としてロトスコープと見てよく、同時にドキュメンタリーでもあることで、この手法に「スキャナー〜」以来の新しい流れが更新されたと言えるだろう。同時に限りなく戦争に近い軍事行動や虐殺を悪夢的に描くことに成功している点では、時代背景となる80年代の多様なロックがサントラに使われていることも重要な役割りを果たしている。それは「地獄の黙示録」に端を発し、従来ベトナム戦争を描いたもの(や近年では湾岸戦争イラク戦争)だけに特権的に用いられて来た、“ロック戦争映画”ともいうべき特殊なジャンル内ジャンルの系譜も更新されたということになる。だが、それはあまりにも凄惨でグロテスクな更新のされ方である。終盤、観客は薄々想像しながらも、“侵攻”という安易な表現で片付けられてしまうには重過ぎる事実を突きつけられることになるのだ。プレッジ ― スペシャル・エディション [DVD]ジョジョの奇妙な冒険part.4ダイヤモンドは砕けない エニグマの少年乙雅三 (SHUEISHA JUMP REMIX)WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books)エグザイル/絆 スタンダード・エディション [DVD]メメント [DVD]Lone Wolf and Cub Volume 20: A Taste of Poisonザ・ミッション 非情の掟 [DVD]GONIN [DVD]サムライ [DVD]Bad Lieutenant [DVD] [Import]ワイルド・アット・ハート スペシャル・エディション 【ザ・ベスト・ライブラリー1500円:2009第1弾】 [DVD]ダーク・スティール [DVD]リービング・ラスベガス 【ザ・ベスト・ライブラリー1500円:2009第1弾】 [DVD]スネーク・アイズ [DVD]ゴーストライダー デラックス・コレクターズ・エディション (2枚組) [DVD]ラスベガスをやっつけろ [DVD]改編 蜘蛛の糸・地獄変 (角川文庫)ブルーベルベット (特別編) オリジナル無修正版 [DVD]戦場でワルツを 完全版 [DVD]パプリカ [DVD]スキャナー・ダークリー [DVD]地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]