ひかるのエクスペリメント・ミニシアターズ！第１４回

「俺はカウンターを巻き戻すんだ、ゼロにするんだ。」

　──────────────────クソ親父（一応主人公）

今回の映画「カノン」

暴力オヤジの思考は未体験の遊園地！？脳内娯楽映画でモラルと闘え！

おはなし：フランスはパリ、かつて口の利けない娘がいたずらされたとカン違いで爆発、移民労働者に重傷を負わせた親父が出所した。経営していた馬肉屋も手放し、施設に入った娘は捨てたことにして心機一転、居候先に愛人を作って新しい家庭作りに臨む。しかし、馬肉屋の開店を約束した金持ちの愛人は、妊娠して豹変、親父を邪険にし始める。絶望でブチ切れた親父は、手始めに愛人を流産させ、銃を手に、荒んだ街に繰り出した・・・！

　４年前に、日本のミニシアター・シーン（そんなのあるのか？）でも話題をまいた、『カルネ』という作品がある。覚えておいでの人もいると思うが、馬肉屋の因業親父を主人公に、口を利かない娘との近親相姦的な関係を、赤みがかって湿った映像の中に描き出した、ビザールという形容がふさわしい異色作だった。馬一頭が本当に射殺されるという、モンド・ドキュメンタリーか『地獄の黙示録』をパロったかのような見世物趣味プンプンのオープニングに、４０分というタイトな尺。にもかかわらず、実験的短編映画としてでなく、劇映画としてカルト化しているのは、その密度の高さの証明だ。
　前作の公開時からの「アニエスｂの援助で、インテグラル（完全版）ができるらしい」との情報が、４年越しに実現、やっと公開になった。だが実際は、完全版どころか、続編であり、進化型であり、また全く別の作品とも取れる斬新な作品となっていたのだ。
　だから本当は予備知識も心構えも全く必要ナシ！なんだよね。前作『カルネ』や、監督のギャスパー・ノエ関連の作品として、本作でも編集担当の恋人、ルシール・アザリロヴィック監督作のために製作を務めた『ミミ』のチェックも一興だけど、まずは一見を。きっと「映画はこうでなきゃ！」って期待を裏切る衝撃の体験になるから。
　冒頭の仰々しいフランスの地図にデカく被さる、「モラルと戦った男」の文字。その字体は全体主義下のプロパガンダ映像を見るようだ。そして「正義」の象徴として拳銃を持ち歩く物騒な男。それらが無造作に垂れ流され、物語は幕を開ける。
　親父（役名ナシ）が自身の独り言と共に行動し、壊れていく。今回のセリフはその一部だ。度重なる爆音と怒濤のグチに圧倒され、親父と観客の思考は強制的にシンクロする。その思考は観客を毒するだろう。親父、フィリップ・ナオンの過剰演技も同様である。
　これも、取るに足らない電波オヤジの脳ミソを楽しむためのサービスで、そこはアート映画とは一線を画する。猥雑な見世物文化へのオマージュか、後半「この先は心臓の弱いヤツは劇場を出ろ！」とカウントが入り、伝説のホラー監督、ウィリアム・キャッスルまがいの手法まであるのは脱帽だ（ちなみにキャッスル作品のリメイク「TATARI」が現在公開中）。そう、本作は強烈な不満を抱えた失業男の頭を体験する「ライド」だ！車に乗って入るお化け屋敷と一緒で、その世界に入るために、少々の力技演出は仕方ない。
　ビルの一角が、俳優Ｊ・マルコビッチの脳の中だったというコメディ「マルコビッチの穴」（近日公開）より一歩踏み込んで、本作は映画館に入ると観客自身が「電波系」の方々の頭の中が味わえるのだ。それに強引な感動や、「バッファロー’６６」的な脳内シミュレーションもあり、ギャロが絶賛するのも納得である。フランスの暴力描写の進歩にも注目だが、イラつく季節の納涼にはマスト・ゴー！でしょう。
Text by ひかる

'98　FRANCE
35mmCINEMASCOPE／DOLBY SR／93minutes
監督・脚本・製作・撮影・編集：ギャスパー・ノエ
製作・編集：ルシール・アザリロヴィック
共同製作：アニエスb.=ラヴ・ストリームス・プロダクション
映像：ドミニク・コリン
出演：フィリップ・ナオン & ブランダン・ルノワール
書籍発売：奥田鉄人著
「カノン／ダイアローグ・インテグラル版」角川書店より
協力：シネマキャッツ、日活
配給：アスミック・エース