歴史的瞬間／映画的主観。

　ファントム・フィルムさんにご招待いただき、「パークランド ― ケネディ暗殺、真実の4日間」試写へ。ケネディ暗殺の一部始終を偶然捉えた“ザプルーダー・フィルム”の裏話と、暗殺直後の周辺スタッフや家族の群像劇。要は「ボビー」の兄貴版とも言える物語なのだが、手垢のついた題材にあえて踏み込んでいるだけあって、暗殺直後の数日間にエピソードを絞っているため、「リブラ」や「アメリカン・タブロイド」にも描かれない部分で物語を埋め、新しい視点を用意している。謎解き主体ではないので、オズワルドの単独犯行説を軸に彼の周辺も描かれ、故にそれなりに重点の置かれる彼の外面や内面も演じた役者（名前）によって説得力を増した。単純に「JFK」のゲイリー・オールドマンより似てるんじゃないの？また、レイチェル・ワイズが別れさえしなければ、アロノフスキーにより「ジャッキー」としてもっと細部が埋められたであろう、これまでの夫人サイドの描写不足も補えている。ビリー・ボブ・ソーントンやポール・ジアマッティによる、60年代アメリカのスクエアな人種の造形、ジャッキー・ウィーバーの時代に即したホワイト・トラッシュっぷりがゲスで素晴らしく、そりゃ当人のロシア妻はもちろん、ジェームズ・バッジ・デール演じる、オズワルドの兄貴が大変な気苦労を追わされたのも分かるというものだ。それにしても「ローラーガールズ・ダイアリー」でも思ったが、「ミスト」の気違いババアことマーシャ・ゲイ・ハーデンが堪らなく美しく、骨太なナースコスプレに激しく欲情した。

　一観客として、「マンデラ 自由への長い道」へ。「おじいさんと草原の小学校」の監督なので、ナオミ・ハリスの美貌については安心して堪能できる。また夫の長期間の拘束により、武力闘争へ傾倒する彼女と、文武両道を弁えつつ、女好きであちこちつまみ食いをするマンデラが、獄中で修行僧のように悟り、マルコムXとキング牧師のハイブリッドのような心境に至りつつも、権力を手中に納める老獪さも獲得する様が並行して描かれ、図らずも作品として引き込まれてしまった。もちろん本来の目的であるハリスその他のブラックビューティー図鑑としても大満足で、事実それだけを目当てに行ったのに、人物の毀誉褒貶を余さず描くから、最終的に辿り着いた白人社会への赦し（復讐の否定）についての説得力に打たれたのである。だからその更なる社会改革の試みとしての「インビクタス」前日談としても楽しめるし、アパルトヘイトの拷問等の実態は「遠い夜明け」で描かれてるからか省略されてはいたが、白人政府の悪行としては運動への武力弾圧をメインにその悪辣さも抜かりなく描写されていた。また拘束中、愛憎入り交じりながらも、阿吽の呼吸となる看守との関係は、極力説明的なやり取りを省いたため、「マンデラの名もなき看守」ともまた違った味わい。ともあれアジテーションが最高に絵になるのは黒人以外にあり得ないという既知の事実を、さらに裏書きすることになる「パシフィック・リム」級の大作なのであった。

　一観客として、「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」へ。ボブ・ディランのネタ元シンガーの伝記もどきという、地味に凝った新作だが、「トゥルー・グリット」まで結構立て続けだったせいか、あまり間が空いてない気がしたのに、コーエン兄弟作品は二年ぶりなのだった。しかもニューヨークが舞台で猫が重要な役割を果たすロードムービーとして「ハリーとトント」へのオマージュが濃厚かと思ったら、「フライト」に続きまたもやドラッグ絡みのジョン・グッドマンの存在以外にも、特に触れられない猫の本名が最後に明かされることで、紛れもない作家性が浮かび上がる。それは本作がフォークを扱う音楽映画であるのもちろん無関係でなく、「オデュッセイア」を下敷きにルーツ・ミュージックに対しコーエン兄弟なりに迫った「オー・ブラザー！」と対を成すものだったのだ。だからなのか、脱獄犯のロードムービーとして目的の明確な「〜ブラザー」に比べ、こちらは目的が定まらず二転三転する、意図的なロードムービー挫折への試みと、そこに襲い掛かる不幸のつるべ打ちが「シリアスマン」的にオフビートな笑いを誘う。しかも唯一ロードムービーの趣旨を体現したのは猫だけであり、やはり「ハリー〜」へのオマージュを強く裏書きするものとなっていたのだった。そうしたロード・ムービー脱構築としてのギャレット・ヘドランド起用が「オン・ザ・ロード」以外にもビートニク／ディラン的には「アイム・ノット・ゼア」への迂遠なギャグとしても効いてくる。また、個人的にオスカー・アイザックとキャリー・マリガンという「ドライヴ」コンビに注目していたが、いずれも「エンジェル・ウォーズ」や「シェイム」で歌唱力は実証済みなので、フォーク歌手の設定も全く違和感なし。しかし、「〜ブラザー」の脳内ルーツ・ミュージック再現と同様、コーエン兄弟にとっての脳内フォークであるため、現実の音楽シーンと対応してどうこう言うのは野暮というものだろう。