映画浣腸、その三。〜野望編〜

 俺が初めて沖縄に降り立ったとき、劇場でかかっていた「アルマゲドン」。まだテレビで思い出したようにやっている。俺はその時、世界が終わるときには一緒にいたいと、俺に泣きながら言った女と一緒に観ていた。だからベタベタで考証もへったくれもない映画にも、単なる破壊のカタルシスだけで、自らがその渦中にいるかのように感動できて、スクリーンで多くの人間が惨たらしく死ぬたびに、憐れみの涙が頬を伝った。次の日には引き剥がされ、独りで「プライベート・ライアン」に行く。那覇の中学生は、劇場で興奮して暴れていた。

 そして今、俺にとって世界は崩壊して、ただ生きている身体を支えるための無意味な小金稼ぎ、または、不必要だが備わってしまった、性欲の解消に汲々としている。

「世界が崩壊しても、お前は一緒にいなかったじゃないか、嘘つき。」

 そのある夜、狂ったように繰り返し、また、「アルマゲドン」がやっていた。俺自身も狂ったように、そのことを繰り返し考えていたら、目から血が出てきた。と思ったら、目が射精していただけだった。


 一観客として「インランド・エンパイア」へ。整合性なんて求めてはいけない。即興的に撮り溜めていったこの作品の撮影スタイルと同様、そんなことには全く意味がないのだ。それでも物語は疾走し、レコード盤は深夜のハイウェイと化す。やや中だるみがあるにしても、ランニングタイム約三時間を全く感じさせないスピードとテンポだ。だが冷静になると、それもリンチ作品を見慣れている人間、耽溺することによってそのキーワードが脳内に染みついている人間こそが、反射として、その味わいを得るのかも知れない。それでも、ここの裕木奈江は、日本人にはもどかしく、それ故に目新しさはないが、ジュリア・オーモンドとナタキン(若干、従来のリンチ作品におけるイザベラ・ロッセリーニ入ってる)が、これほどまでに“リンチ顔”だったことには驚き、そのチョイスを絶賛したい。しかし、ローラ・エレナ・ハリングのいつも通りに美しい笑顔にたどり着いたとき、この三時間が本当に至福の時間だったことが痛感されるぞ。


 九月の映画の日、三本目は「トランスフォーマー」へ。基本的に、俺はミクロマン原理主義者なのだ。だからこの手のものをスピルバーグマイケル・ベイが本気になっても、あまり俺の心を動かさないのだが、それでも、日本のアニメ放送の経緯を知っていながら、それを全く無視して、コンボイを“オプティマスプライム”などと恥知らずな名前で呼ぶ、日本公開版の愛情の無さは、寒々と伝わってくる。描写はキャラの高速変形、現代の市街戦、ロボット同士のバトルなど、凄まじい情報量で、今後この手の作品が作られる上でのマスターピースとなるであろう点は素直に評価したい。ただ、個人差はあるだろうが、恐らくこの映像は人間の脳の演算処理を少し上回っている様に感じたので、描写的には「プライベート・ライアン」のような記念碑的作品となっても、より洗練が必要とされるな。さらに言えば、話が童貞臭すぎる。もっとチンポの皮が剥けた映画作りを心がけて欲しい。だから、ガキでも、ビッチテイストが濃厚で美しい、ミーガン・フォックスの出番を、次回作ではもっと増やすべし!


 九月の映画の日、四本目は「ブラックスネーク・モーン」へ。またサミュエルの股間のスネークがロクでもない事するのかと思えば、「評決のとき」のセルフパロディ的な、善良な南部の黒人農夫であった。恐らく、それを狙っての監督のキャスティングで、サミュエル的には居心地の悪い、品行方正な言行の数々が、その正体が後半、サミュエル叔父貴が元ブルースマンと判明するのに至り、その設定自体、主人公に与えていた”縛り”であったと判明するのだ。以降は痛快。サミュエルのギター・プレイと、歌唱において"Motherfucker"に、言い澱みのない連発姿勢に酔え!でも、個人的には淫乱症への考察、その現実的な撲滅について、深く考えを巡らせるいい契機になったな。淫乱症の被害者として。


 P2さんのご招待で、「PEACE BED/アメリカ VS ジョン・レノン」試写へ。激動の60〜70年代を、単にニュースで知っていること以外のデータで埋めることが出来るのが重要だ。そして、ジョン・レノンは自らのビジョンの実現に、文字通り命がけだったことが、当事者や当時脅かす側に荷担していた人間たちの真実の証言として展開されていく。別に、本当に世界平和を望んではいなかったにせよ、世界全体が一方向を向いてしまうことに、絶えず警鐘を鳴らしていくのが、ロックの役目であり、ロックの本質がメフィストフェレス的なものであるべきだという、ロックとは何か?に完全な答えを出しているのが凄い。しかし、ニクソンって存在が、ブッシュがチンカスに見える悪辣さで描写されており、ドキュメントで見せられると、これはこれで魅力的だ。さらに、この映画体験を補完するために、「チャプター27」が近日公開される点も心強い。
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